「おばあちゃんがいる」雲仙普賢岳の噴火で行方不明になったお婆さん、奇怪な方法で発見される・・・

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雲仙普賢岳の噴火を経験し、救援作業に参加した自衛隊員が語った内容はあまりにも奇怪なものだった。
それは、噴火後に開催された写真展での出来事。
ある写真を見つめていた男の子が言う。

「おばあちゃんがいる」と───



2003/03/05
一昨年にボーイスカウトの大会が大分でありました。
一週間の大会中、三日を大会会場、四日を自分たちで選択した九州全域に点在するプログラム会場で過ごすというもので、ミリオタのワシは仲間を説き伏せ、陸上自衛隊のとある駐屯地をプログラム会場として選択しました。


さすが自衛隊。
体験入隊の我々にも容赦は一切無く、就寝時間を過ぎて、明日行く雲仙普賢岳観光用の用意をテントの中でヘッドライト着けてやってたワシらを
「寝ろっつっただろうがぁアァァァァア!!!」
と五十メートル先から怒鳴りつけ、駆け足でワシらのテントに接近。

半長靴の足音も高らかにテントの周りを回りながら、
「おい、俺ァてめぇらに寝ろっつったよなァ?」
と低音でドスを効かしながら威嚇。中のワシらはここに来た事を心底後悔せざるを得ませんでした。



そして次の日。
前述の通り、雲仙普賢岳を視察に向かいました。
バスガイドとして、実際噴火当時に救援作業に参加した自衛官も同乗し、風景を見ながら当時の話をしていました。

スーベニールマニアが救援本部だった小学校の表札をパクった話など笑い話もありましたが、その中で一番怖かったのがこいつです。


噴火からしばらく経って、町の集会所で噴火前と噴火後の風景の変貌をテーマにした写真展が行われました。その人(ガイドしてくれた人)も会場をたまたま訪れていて、興味深く写真に見入っていたそうです。

すると、一人の男の子が一枚の写真を食い入るように見つめているのが目に留まり、
「どうしたの?」
と声をかけたそうです。
男の子は答えました。

「おばあちゃんがいる」


そばにいる両親らしき人に尋ねると、この家族のおばあちゃんが行方不明になっていると。農作業をしていて、家の付近にいたはずなんだけども、見つかっていないんだそうです。
そして写真には、我が家の残骸が隅の方に写っているそうなんです。


父親は
「まあ子供の言うことですから・・・」
と笑っていたそうですが、
その人は妙にその写真とその男の子とが引っかかっていたそうです。


その後彼に、「未収用の遺体があった」との連絡が入り、彼はヘリで急行しました。
その後、その遺体は牛の丸焦げを見間違えたものとわかり、行程半ばで彼らを乗せたヘリは引き返すことになりました。

緊張の抜けた彼は、何となく窓の下に広がる風景を眺めていました。すると、見覚えのある風景があらわれたのです。
あの、男の子が食い入るように見つめていた写真の風景です。


どうしても気になった彼は、パイロットに近くへ降ろしてくれるように頼みました。実際、私用でヘリを止めた現場を見つかれば訓戒モノらしいんですが、彼のあまりに真剣な頼み方にパイロットも少しの間だけ、彼をあの少年の家付近に降ろしてくれたそうです。


「おばあちゃんがいる」
どういうことなんだろうか?見落としが無いように彼は細心の注意を払って辺り一帯を捜索しましたが、何一つおばあちゃんの痕跡を表すものはありませんでした。


あきらめた彼が、なんの気無しに土に半分埋もれたトタンをひっぺがすと、片手で全て拾えるぐらいの、骨があったそうです。

すぐに男の子の両親を捜し出し、事情を説明し、状況を推理してみると、おばあちゃんは農作業に必要な道具を家の隣の納屋に取りに来て、運悪くその時に噴火、衝撃で納屋が倒壊、その後の火砕流で蒸し焼きに遭ったのでは、と言う結論に達しました。


「ただ、トタン屋根の下なんて写真からじゃ全く見えなかったし、男の子がみたおばあちゃんって、いったいなんだったんでしょうねぇ・・・」

とその人は最後に付け加えました。
長文失礼致しました。



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