【体験談】1990年代のユーゴスラビア紛争について語る。これが人間、この世界は本当に残酷だと思った…

人生 2件
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 ※ご注意
当記事の内容は「ほぼノンフィクション」です。
日本人とボスニア人のハーフである友人から体験談を聞いた投稿主が、一部フィクションを加え編集したもの、とのことです。
(フィクション部分については>>139に記載されています)

とは言え、1990年代の旧ユーゴスラビアの内戦の実態を知る事が出来る内容になっています。
長いので、お暇な時にお読み頂ければと思います。


1:
いまから30年近く前の話だから退屈かもしれないけど話していこうと思う

俺は色々あって、海外に単身赴任している父親と一緒に暮らす事になったんだ。

日本と違い、建物はみな似たような作りと色合いで、何で?と疑問に思ったものだ。
外国人も背が高く怖いし、そもそも日本語ではない言葉を話している。

 

4:
俺が父親と住む事になった街は人口数千人ぐらいか。
日本と比べたら人口密度はかなり低い場所だった。

周りは山に囲まれてる盆地で、建ち並ぶ統一された住居は、とても綺麗だった。
オレンジ色の屋根は当時日本(といっても俺の地元)では目にする事が無かったから、初めは奇抜だと思ったよ。

 

5:
子どもが親についていき、海外で暮らす場合、多くは日本人学校等に入る事になると思うのだけれど、 俺の住む街には日本人学校どころか日本人すらいない。
いや、俺と父さんの二人はいたけどさ。 
不安を抱きながら学校へ行っても、皆何を言っているのか理解出来ないわけだ。

当然、俺は一人ぼっちだった。
自己紹介すらきちんと出来なかったからな。
もう少し年を取っていれば、ノリで仲良くする、フレンドリーに接するなんて事が出来たかもしれない。
だけど、当時の俺にそんなスキルがあるはずもなく、どうしようもなかったんだ。

その為、最初の2週間ほどは非常に苦痛だった。

 

6:
遊びたい盛りの当時の俺にとって、こうした寂しさを我慢するというのは、限界が近づきつつあったんだ。
だから、何か遊ぶものを探そうと思って、休みの日にふらっと一人で街を散策していたんだ。
一人で街中に行くのは初めてだったから、少し迷ったりしたけれどね。
 
 
街を行きかう人々を見ながら、学校の方へと歩いていくと、道の端にある空き地で子ども達がサッカーをしていた。
とても羨ましくて、「いいなぁー。」と思ったわけだけれど、「いーれーてっ!」といった言葉はかけられない。
というより、その言葉が話せないからな。
だから、何も声に出せず、

もじもじしながら、その子ども達が遊んでいるのを空き地の端っこでぼーっと眺めていたんだ。

 

8:
そうとう入れて欲しそうな顔をしていたのかもしれない。
サッカーをしている男子の輪の中にいた一人が、じっと見つめている俺に気づいてさ、「一緒に遊ぶ?」と
聞いてきてくれたんだ。
実際には、そう言ったのだろうというレベルで、俺にはまだこの子が何を話しているのか理解できなかったけれどね。

仮にその男の子をカミーユとしておく。

最初は「?」状態だった俺も、ジェスチャーで身振り手振りで話してくれたおかげで、俺を誘ってくれているんだと理解してさ。とても嬉しくなった。

これが現地の子と初めて会話?した日だったと思う。
やっと友達が出来るってウキウキしたよ。

 

10:
お互いに言葉は通じなかったけれど、子供同士、皆で一緒に遊ぶサッカーは最高に面白かった。

子どもの頃はさ、身長や体格といった差は人種が違えどさほど変わらないもので、意外とサッカー中にはボールを触ったり、奪ったり出来た。
これも、カミーユがパスをくれたお陰だとは思うけどね。
泥まみれになって遊ぶのは楽しい。
 
 
遊びつかれて夕方家に帰ると、久しぶりに父さんが早く帰ってきていてさ。 
「どうしたんだ?友達でもできたのか?」みたいな事を聞いてきて、「もちろん!」ってニコニコしながら答えたよ。
思えば、この街に来て初めて笑った日だったかもしれないなー。

 

11:
次の日学校へ行ったらさ、小さい街だからやっぱり同じ学校だったわけよ。

放課後に校庭でカミーユ達がサッカーしているのを見つけて、そこに駆けていったね。
カミーユも俺を見るなり駆けてきてさ、「サッカーやろう!」って誘ってくれたんだ。
昨日いたメンバーの他にも、クラスの子とかがいたりして、身振り手振りのコミュニケーションしかできなかったけれど、仲良くなるきっかけになったよ。

 

12:
その日以降から、言葉は殆ど通じなくても、一緒に鬼ごっこしたりサッカーしたりして遊んでさ、クラスでも徐々に一緒に過ごす友達が増えてきて、学校がとても楽しかった。

特にカミーユとかドラガンはクラスが違うっていうのに、休み時間になると俺のクラスまで来てくれてさ、一緒にくだらない遊びしてたな。
昼休みはワンバンっていって、サッカーボールを一回のバウンドだけでキャッチして相手に蹴るゲームとかやったりしたなー。

何でここまでカミーユ達、特にカミーユが仲良くしてくれるのかはわからなかったけれど、ありがたかったよ。
その理由がわかった時は、すごく辛かった。

 

13:
とはいってもさ、学校のない日はやっぱ暇な時が多い。毎回カミーユ達と遊べるわけじゃないしね。
それで色んな所を一人探検したりしてた。
高原っていうか平原が無限に広がってる感じで、なかなか面白かったよ。


そんなある日、カミーユ達はモスクだとか教会がどーのこーので遊べないから、いつものように一人で探検してたんだ。

そしたらさ、少し丘を登って過ぎたあたりに、家があったんだよね。結構ぼろっちい。
最初廃墟かと思って、潜入を試みたわけなんだけど、庭に入ったところで同い年位の女の子とばったり鉢合わせちゃったんだ。
二人同時に「ビクッ!」ってなったね。ヤバイ。

人が住んでたってわかった俺は、そのまま逃げればいいものをさ、慌てちゃって何故か自己紹介しちゃったんだ。
日本語でだけどね。

 

14:
そしたら、俺が大体何言ったのか理解したっぽくて、名前を教えてくれてさ、
豆?みたいなお菓子をくれたw
あ、仮にこの女の子をソニアってしとくわ。

街の中心からソニアの家までは子どもの足で大体1時間か2時間ぐらいなんだけど、ソニアは同じ学校じゃないんだよね。
同じ学年なのになんでだろうって思ったけど、当時はまだ何も知らなかったから、ふーんって位にしか思わなかった。


それから夕方ぐらいまで近くの丘で花摘んだりしながら遊んでたんだけど、気づいたら暗くなってきてたんだ。
このまま歩いて帰っても、また1・2時間かかっちゃう。

どうしようって思ってたら、丁度ソニアパパが帰宅してさ、ソニアと何か話した後に俺をソニアと一緒に車で街まで送ってくれたんだ。

 

15:
家の前まで送ってもらった後に、「ドビジャニヤ!ハンデダゼニカジェネチェニデルデ!」って感じで、バイバイ、また遊ぼうねって約束して別れたんだ。

送ってもらう途中、言葉話せないってアピールしてるのに、ソニアパパが笑顔で色々と話しかけてきて少し困った覚えがある。
ソニアはソニアで一緒に作った花の輪を俺の頭にのせてきたりしてた。

 

17:
その日は父さんの夕飯食ってる最中に、ソニアの話ばっかりしてたなー。
思い返せば、この時既に俺はソニアに一目ぼれしてたんだと思う。


それからは、学校ある日はカミーユ達とサッカーしたりして遊んで、休みの日は毎回2時間位歩いてソニアの家まで遊びにいってた。
学校も楽しかったけど、週に1度ソニアのトコに遊びに行くのはもっと楽しかった。
楽しいと言うより、楽しみだった…だな。

 

18:
大体する事と言ったら、花を摘んだり、オママゴトしたりさ、人形遊びしたり、ソニアパパの猟にくっついていったりぐらいなんだけどね。
ソニアのパパもママも、毎回来て迷惑だろうにソガンドルマとか作ってお昼に食べさせてくれた。
あの味は今も忘れられないよ…本当に。

野菜嫌いだった俺に野菜の美味しさを教えてくれたよ。

 

19:
だけど、本当に辛い出来事は、カリノヴィクから脱出してフォチャそしてゴラジュデに向かう途中でおきたんだ。

はっきりいって、感動とかの話じゃない。人が死んで、そして頃しての話だから。


夏休みに入った時期だったかな。
学校で普段一緒に遊んでたメンバーと飽きずにサッカーしてたんだ。
まだこっちの気候に慣れていない俺にとって、乾燥した夏ってのはそれはそれで辛いものだった。喉が凄い渇く。
日本のじめじめした夏が懐かしかったな。

少しサッカーして、休憩した後にさ、俺が休みの日に何してるのかって話しになって、ソニアって同い年の女の子の家に遊びに行ってる事を話したんだ。

俺らの居る街は人口も少ない。
だから子どもは殆ど同じ学校に通っているわけだけれど、ソニアは通っていない。
じゃあ、俺らで遊びに行っちゃうか!?という話へ自然となったんだ。

 

20:
ただ、女の子の家に男だけで行くのも少し恥ずかしいらしい。
そういうわけで、他に学校の女の子二人と俺を含めて6人の男子、8人でソニアの家に向かったわけだ。

当時ペットボトルとかいう画期的な容器はないから、重い水筒らしきものを背負って皆で高原を歩いていったわけだ。
日本に比べて気温は高くないんだけどさ、日によっちゃ凄い熱くなったり、夏なのに気温低かったりしてな。

その日は凄く暑かった。
皆汗だくになってヒーヒーいいながらも、何時もより時間かけつつも到着したわけだ。

 

21:
あー、俺以外の7人は、
カミーユ
ミルコ
メフメット
カマル
ドラガン
サニャ
メルヴィナね。

ソニアの家の前でさ、皆で「ソニャー!ハンデダゼニカフゥバルサマナー!」って呼んだんだ。
少ししたらバタバタしながらソニアが出てきてさ、俺達みた瞬間目が点になった様に固まってた。

俺はさ、学校の友達連れてきたから、皆で遊ぼうって言ったんだ。
そしたらソニアは少し怯えながら
「こんなに大勢で遊んだことないから怖い」って言うんだよ。

 

23:
カタコトではあるけれど、多少理解できるようになってたよ。 
まだ6歳ぐらいだったから覚えるの早かったのかもしれない。

そうなのかーとは思ったけど、なら良いチャンスだ!というわけで、皆でサッカーをする事にしたんだ。
実際は、男子6人がサッカーをしてソニアたち女子は3人で花を摘んだりしてたわけだけどさ。
帰り際にソニアが目をキラキラさせながら、今日は楽しかった!ありがとう!と言っていたのが印象的だった。


帰り、街までソニアパパがいつものように送ってくれると言ってくれたんだけど、8人は流石に乗れないので、サニャとメルヴィナだけ車で送ってもらって、
カミーユや俺といった男子は歩いて帰る事にしたんだ。
夏だからまだ外も明るいしね。

 

24:
この年の夏は、俺がこの国に滞在した期間の中で最良の夏だった。 (俺が来たのが1990年4月で、この夏っていうのはその年の7月の事なんだ)
毎日何も心配せずに遊び、疲れたら寝て、そして朝起きて遊ぶを延々と繰り返していたよ。 

ただ、金曜と日曜は殆どの子達がモスクやら教会に行く為暇なんだ。

だから、その日は大体ソニアの家で過ごしてたな。
当時は宗教というものをよく理解していなかったし、何かのイベント程度に思っていた。

 

25:
初めて皆で遊んでから少し経った金曜日、この日も毎週と同じく非常に暇を持て余していた。
じゃあ、またソニアの家に遊びに行こう!と考えた俺は、水筒を担いで向かったんだ。

家に行っていつもの様に遊んでいると、お昼ぐらいになった。
ソニアパパとママは礼拝があるからと言って、お昼を準備した後、ソニアと俺を残してモスクへ出かけていった。

の日は普段と違って特別な昼食だったよ。 
いつもはご飯の後にデザートなんて出ないんだけど、この日はバクラヴァが出たんだ。
最初は、ただのデザートだと思っていたんだ。だけど、ソニアがニコニコしながら、「特別なんだよ」って教えてくれた。

 

26:
このバクラヴァは今でこそ日本にもあるらしいけれど、現地では特別な日に食べられる事が多いデザートなんだ。

何故、この日が特別なのかは最初俺にはわからなかった。
だから、「何で?」と質問したんだ。
すると、ソニアは少しモジモジと照れながら、

「祐希が私の友達になってくれた。一杯のお友達を連れてきてくれた。そのお礼の日だから。」

確かこんな事を言われたんだ。

当時の俺は気づかなかったんだけど、前にも書いたとおり、ソニアは俺達と同じ年齢にも関わらず学校へは行っていなかったんだ。
学校自体に通っていなかったのか、それとも不登校だったのかは未だにわからないけれどね。

 

27:
だから、ソニアには全然友達が居ないんだ。
俺はソニアにとって、初めて出来た異性の友達で、そして久しぶりに出来た友達だったんだ。
こんな目と鼻の先、数キロしか離れていないのに、不思議だよな。おかしな話だ。

 
でも、それがこの国の現実だったんだ。
この時は、そういった事を何も知らなかった俺には、そうなんだー位にしか思わなかった。


そういった事もあって、ソニアパパは、一ヶ月前に出会った日の帰りの道中、
ニコニコしながら俺に一杯話しかけてくれたし、遊びに行くたびに歓迎してくれて、そして帰りはわざわざ車で送ってくれていたんだ。
この時は謙虚だとか遠慮だなんて言葉すら知らなくてさ、ソニアパパやママには図々しい事を沢山してしまったなと思う。

 

28:
バクラヴァを食べながら「美味しいね。」ってソニアに言うと、ソニアは照れくさそうにしながら、「私も作るの手伝ったんだよ。」と言ったんだ。


そしてこの日、俺は夕飯前に帰ろうと思っていたんだけど、ソニアパパやママの勧めで夕飯を食べていくことになったんだ。
ソニアのパパやママは朝と昼のご飯を食べていなかったから、夕飯はとても豪勢だった。
お肉はなかったけれどね。ソニアも笑顔で笑っていてさ、
とても幸せな食卓だった。優しい家族だった。

 

29:
ご飯を食べ終わった後はソニアの家族と日本の話はこの国の話をしたりしてた。
気づくと時間も遅くなっていたんだ。父さんに連絡して早く帰らなければと、慌ててソニアパパにそろそろ帰るということを伝えたんだ
すると、「今夜は遅いから、家に泊まりなさい」と言われたんだ。

 

30:
流石に一緒のベットではなかったけれど、俺とソニアは夜遅くまでおきて、ベットの横にある窓から、澄んだ夜空を見上げて、色々と話していた。

初めてヒジャブを外したソニアを目にした。
照らされた褐色の髪がキラキラしていた。

この時だったと思う。
漠然としたソニアに対する自分の好意が、ソニアに対する恋だと気づいたのは。
月明かりに照らされたソニアの顔は、とても綺麗だった。短い6年という人生しか歩んできていなかった俺にとって、この時のソニアは美しすぎた。
そして、こうして35歳になった今でも、この夜のソニアを超える美しい女性とは出会えていない。

 

31:
ずっとこうしていたいと思っていたよ。二人で顔を手を繋ぎながら、

「ずっと一緒にいたいね。」
「ずっと一緒にいようね。」

そう約束したんだ。

 

32:
朝になったソニアママに起こされた時、俺とソニアは同じベットで寝てた。
多分、話している途中で寝ちゃったんだろうな。
ソニアママは少し驚いていたけれど、俺達の頭を撫でながら、パパには内緒だね。と微笑んでくれた。
その意味は当時理解できなかったけどね。

 

34:
気持ちとしては、家に帰りたかったのだけれど、ソニアパパがフォーチャの街に買い物に行こうと言うので、一緒に付いて行く事にしたんだ。

フォーチャまでは基本的に一本道で、高原を抜けた後は延々と山と山の間の道を通り抜けていった。
途中で沢山の木を積んだトラックがかなりゆっくり走っていたりしたな。トラックは相当年季が入っていた。

 

35:
フォーチャの街が、ドリナ川の対岸に見えた時は、その景色がまるで絵画の
ように綺麗で、感動したよ。
街にはカリノヴィクと比べて沢山の人たちがいて、活気があった。日用品を買ったりしたり、ご飯を食べたりしたよ。


昼食を済ませた後だったと思う。結構古い雰囲気のモスクがあって、まだきちんとしたモスクを実際に目にしていなかった俺は、「あれは何?」って聞いたんだ。
そしたら、歴史あるモスクだから、見学してみるか?ってソニアパパが言ったんだ。

俺は当然異教徒なわけだけれど、丁度礼拝みたいのをやっていてさ、俺も混ざっていい?って聞いたら、勿論って言われて、一緒にアッラーフアクバルーみたいな言葉を唱えた。
貴重な経験だった。 

まさかこの場所にまた来ることになるとは、この時はまだ想像もしていなかった。

 

36:
8月になると、9人で一緒に遊ぶことが多くなった。
ソニアの家が遠いから、殆どソニアの家かその付近で遊んでいたけれどね。
 
ソニアの家から少し歩いた所にある山に、秘密基地のような場所を
作って遊んでいたよ。
カミーユが持ってきた立派な双眼鏡みたいなのを使って、街を見たり、遠くを眺めたりしてよく遊んだなー。 

この双眼鏡のせいで、後であんな事になるとは思いもしなかったよ。

 

37:
あー、そうそう。山と言えどもこの地域は木が少なくて、動物もあんまりいなかったな。
今はどうか知らないが。

確かドラガンだったと思う。ドラガンが敵の攻撃に備えるといって、草を結んで罠を作ったりしていたんだ。
そしたらサニャがそれに引っかかってしまって転んでさ。そこにカミーユがすっ飛んできて、「サニャが怪我したらどうするんだー!」ってすごい怒っていたよ。

それでサニャを慰めていたんだけど、それを見た俺以外の男子は、皆で「カミーユはサニャが好きでーす!みなさーん!カミーユはry」
ってからかったりしてたな。

 

38:
カミーユはそんな事ない!って怒って否定してたけどさ。
当時の俺達にはそういった行為は格好のからかいのネタだった。

見かねたメルヴィナが「やめないよ!」って怒ったから、収まったけどね。オロオロしていたソニアは、後でこっそり俺の所に近づいてきて、「内緒だよ。内緒。」と言ってきた。
俺は理由がよくわからなかったけれど、「うん。」と答えた気がする。


メルヴィナも俺達と同い年なわけだけれど、かなり精神が大人だったな。
仲良くても、子どもだからほんのささいな事でどうしても喧嘩をしてしまう。
そんな時は、いつもメルヴィナが間に入って、「喧嘩しちゃだめ!」って言うんだ。
どっちも悪いって言ってね。ドラガンやミルコ達がイタズラをしても、危ないから駄目って叱ったりして、俺達のお姉さんみたいな存在だったな。

 

39:
ソニアは大体オロオロしてて、小動物みたいだった。男だから母性本能みたいのはないはずなんだけどさ、守ってあげなきゃって自然と思ったりしたな。


ああ。ごめん。何で戦争が起きたかとか、そういうのを説明しなきゃ駄目だよな。
後で説明しようと思っていたけれど、先に簡単に書くね。

 

41:
この国一体はさ、昔はキリスト教圏だったのだけれど、15世紀くらいにオスマントルコの支配下に入ってさ、非キリスト教徒であった人とか、現地のスラブ人がムスリムに改宗したりして、ムスリムの比率が高まったんだ。

その後、セルビア王国だったかな。当然、スルツキ(セルビア人)を優越して、他のフルヴァツキ(クロアチア人)やらボシュニャチ(ボスニア人)は長年不満を抱いていたんだ。
特に、フルヴァツキの人々は民族意識が高くてね。

そして各民族の民族意識の高さが、第一次世界大戦へと繋がっていくんだ。
この事は、皆知っていると思うので書かないけどね。

 

42:
そして第二次世界大戦期、この地域の大半がナチスドイツの傀儡国家としてのクロアチアの支配下に組み込まれたんだ。
 
この支配下ではさ、フルヴァツキの民族主義組織、確かウスタシャだ。
ウスタシャによってスルツキの人々は激しい迫害を受けて、数十万人(30~100万?)の人々がサツ害されたんだ。

また、これに対してスルツキの民族主義者チェトニクによって、フルヴァツキやボシュニャチの人々が頃された。
 
つまり、この時期、フォーチャをはじめとする各地で、ウスタシャとチェトニクによる凄惨な民族浄化の応報が繰り広げられたんだ。
チェトニクはさ、フルヴァツキやボシュニャチの人々を徹底的に虐殺して、犠牲者はフルヴァツキ20万人、ボシュニャチ9万人ぐらいって、チェトニク側から公表されてる。


この民族浄化っていうのはさ…つまりは市民を襲うんだ。村を。
女や子どもはレ〇プしたり頃したりして、男は喉を切って頃したりして。

 

43:
何でここまで殺しあうんだ?って思うかもしれない。これはWW1以前の因縁もあるけれど、やはりWW1後に誕生したユーゴスラビア王国による政策に問題があったと思う。
建国当初からさ、スルツキによって国は占められていてさ、民族意識の強いフルヴァツキの反発が絶えなかったんだ。

そこにウスタシャがつけこんで、反セルビア、打倒セルビアへと支持を拡大しながら突き進んでいったんだ。
これは、ユーゴ崩壊につながるフルヴァツカ紛争(クロアチア紛争)やボスニアの紛争にも繋がっていくんだ。


一方で、チェトニクは大セルビア主義という、西部バルカンの大半はセルビア人の土地っていう認識を持っていたんだ。

 

44:
この主義は、セルビア人とセルビア人の土地をひとつの国家に統一するという第一の目標があり、中にはセルビア人が少数であっても、セルビアの土地という認識があるものもあった。

セルビア国家にとって、大セルビアは必要不可欠であり、セルビアの歴史的格言「統合のみがセルビア人を救う」との事で、正当性・必要性を訴えていた。

第一次世界大戦ではこの主義が原因となり、国境外各方面でセルビア人たちが統一セルビアの建設の為に戦い、1990年代の紛争では統一されたセルビア維持のために戦った。

また、ユーゴスラビアはWW2以降もセルビア人以外を軽視しており、それが各民族を刺激してしまった。

現在においても、セルビアのセルビア急進党という右翼政党では、ボスニア・ヘルツェゴビナとクロアチアの大部分のみならず、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリーの一部をも含めた大セルビアを建設すべきという綱領を掲げている。
この方針によって、クロアチアではユーゴ紛争時にクライナ・セルビア人共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナではスルプスカ共和国が建国された。
(スルプスカ共和国は現在もボスニア・ヘルツェゴビナとの連邦制を採用し残っている)
 
セルビア人からすれば、歴史的仇敵であるクロアチア人などの、敵対勢力の支配下を避けることで、これらの地域におけるセルビア人の権利を守る必要があったんだ。

 

45:
楽しい夏休みはあっという間に過ぎ去ってしまい、気づけば9月になっていた。学校が始まると、それまで毎日のように会っていたソニアとも会えなくなり、
とても寂しかった。
 
それでも、一つ変化があったんだ。

今までは、平日は学校の8人で遊び、休みの日にはソニアの家に俺一人で行っていたのだけれど、夏休み明けには、土曜日には皆でソニアの家に行くようになってた。
俺の場合は、次の日の日曜日にも一人で遊びに行っていたけれど。

今考えると行き過ぎだったと思う。でもソニアと会いたくて、遊びたくて仕方が無かったんだ。
ソニアやソニアのパパ・ママもまた来週って帰り際に言ってくれてさ。出会って数ヶ月だというのに、まるで小さい頃から一緒だった幼馴染のようだったな。

 

47:
9人で遊ぶ時は秘密基地で、ソニアと二人で遊ぶ日曜日はソニアの家で過ごしていた。たまに学校の別の子と遊んだりもしたけどね。

今と違って携帯電話とかがなかったから、遊んだ日に大体次の約束をして、どうしても行けない時はソニアに電話して伝えてた。


12月に入るとスルツキやフルヴァツキの人々が慌しくクリスマスの準備をして、
小さい街ではあるけれど、少し華やかになったのを覚えている。
ボシュニャチの人たちは基本的にムスリムだから、普段と変わらない生活だったんだけどね。

 

48:
俺と父さんは久しぶりに休日を一緒に過ごした。
休みの日は殆ど家に居なかったからね。父さんは色んな料理を作ってくれたよ。どれもやっぱり美味しくなかったけれど、それでも嬉しかった。

「外国で生活させてしまってごめんな。」といった事を言われたけれど、俺にとっては、既にこの国が故郷のように感じていたし、何より俺に居場所があるというのが嬉しかった。
だからこの国で一生暮らしたいって言ったよ。 

 

49:
6月末頃だったと思う。隣のフルヴァツカで戦争が始まったんだ。
隣国だけれど、自分達には特に関係がないものだと思っていた。

しかし、実際にはそう簡単な問題ではなかったんだ。
街だけでなく、学校のクラスにおいても、スルツキ・フルヴァツキ、そしてボシュニャチの間で気まずい状況になり、ついにはクラスの席が民族ごとに別れる様な状態になってきた。

 

50:
言うまでも無く、今までのように放課後一緒に遊ぶ事は出来なくなったんだ。
ただ、それでもまだ大きな紛争にはなっていなかった。
まだフルヴァツカだけの話で済んでいたんだ。

だから、民族間の陰での対立が始まる兆候が見えてからも、俺達は大人に隠れてこっそりと秘密基地に集まっては、9人で遊んでいた。
自分達には関係ない話だったんだ。
俺達にとって大切なのは、民族や宗教じゃなくて、目の前にいる友達だった。だから、何があっても俺達は仲間だ。一緒に助け合っていこう。ずっと一緒だ。
そういった約束を交わしたんだ。

 

51:
夏休みに入っても、去年のように一緒に表立って遊ぶという事は出来なくなっていた。
少しずつではあるけれど、着実のこの国でも民族間の対立、宗教の対立、そして過去の負の因縁の対立が次第に高まってきていた。
大人たちは違う民族間で極力話さないようになっていたし、話してはいけない雰囲気になっていたんだ。


ごめん。言い忘れてたけど、俺は日本人で、
ソニア、サニャ、メルヴィナ、カミーユ、メフメット、カマルはボシュニャチでムスリム
ミルコはフルヴァツキでローマ・カトリック
ドラガンはスルツキでスルプスカ・プラボスラニナ 

スルプスカ・プラボスラニナっていうのは、セルビア正教ね。

 

52:
父さんは、もしかしたら戦争になるかもしれない。お父さんは仕事をやめる事が出来ないが、祐希は日本へ帰りなさい。って何度も言われた。
 
でも、俺は友達を残して自分だけ日本に帰るなんて出来なかった。
それに戦争というものを理解していなかったんだ。
戦争にならないようにすればいいでしょ。そんな風に思っていた。

基本的に同じ民族、殆ど同じ宗教の人々が暮らす日本で育ったから、理解できなかったんだ。民族間の対立というものを。子どもだったしね。

 

53:
そして9月になった。
今まではフルヴァツキの軍とフルヴァツカ在住のスルツキの人々との衝突だった紛争が、9月末頃にはフルヴァツカ軍とスルツキを主体としたユーゴ連邦軍の戦争へと発展したんだ。

この国では、ボシュニャチが人口の過半数を占めていて、俺の住んでいたカリノヴィクも例外じゃなかった。
日が経つに連れて、街の中ではフルヴァツキとスルツキの人々の関係が悪化して、時々通りで大人同士が喧嘩をするようになってきていたんだ。


そして10月に入ると、ボシュニャチが大半を占めるこの国では、連邦から脱退しようという声が広がって、ついに政府が主権宣言みたいのをしたんだ。
つまり、連邦内の国家じゃなくて、一つの独立した主権を有する国家となるという宣言なんだ。
父さんから説明されても、当時は理解できなかったけれどね。

その宣言によって、街の中はさらに緊迫した状況になった。
学校の中でも、子どもであるにも関わらず、民族どうして一緒に行動して、そして喧嘩が起きたりしていたんだ。つい最近までは一緒に遊んでいたのに。

 

54:
街や学校、恐らく国内全域で、フルヴァツキ(クロアチア人)・ボシュニャチ(ボスニア人)とスルツキ(セルビア人)の間で緊迫した状況になっていたんだと思う。
親には外で遊ぶのは辞めなさいと言われるようになっていたし、一緒に遊んでいた8人も親から同様の事を言われていた。

大人は、例え子どもであったとしても、他民族の子には冷たくするようになってきていた。
今の東京の比じゃないくらい、寂しく悲しい街へと変わっていたんだ。


年が明けて1992年になっても、状況は好転せず、ますます混迷を極めてきていた。
民族ごとに武装の準備を始めたり、時には街中で銃を持ってあるく市民も出始めていたんだ。
初めて目にする銃は、とても怖かった。でも非現実的な光景に見えて仕方が無かったんだ。
まさか、そんなのを使うわけ無いでしょってね

 

55:
そして2月に入って、ついに独立の国民投票が始まった。ドラガン達のようなスルツキ(セルビア人)の人々は、この投票に怒りをあらわして、投票を棄権したんだ。
それと同時に、俺達が住んでいた地域はスルツキ(セルビア人)や連邦軍によって、ボスニア・ヘルツェゴビナからの離脱が表明されたんだ。

つまり、連邦からの独立に反対する人々と、独立を推し進める人々によって、俺達が居た国は三つの勢力にわかれた。
言うまでも無く、ボシュニャチ・フルヴァツキ・スルツキの民族ごとの三勢力にね。

つまり、俺達が住んでいた国、即ちボシュナは連邦から独立を宣言したんだ。
それと同時に、このボシュナは三つの国にわかれた。

一つはボシュニャチの人々のボシュナ。
もう一つはフルヴァツキの人々のヘルツェグ=ボシュナ。
そしてスルツキを中心とするスルプスカに。
 
俺達の居たカリノヴィクはこのスルプスカの領内だったんだ。

 

56:
この時点で、もうこの国において、民族同士の衝突、戦争は避けられない状況になっていた。
俺達の街からも、首都サラエヴォに向けて脱出する人がちらほらと出てくるようになった。
あ、脱出したのはボシュニャチの人々ね。

ただ、まだ血で血を洗う戦争には発展していなかった。スルプスカ共和国(セルビア人共和国)となったとはいえ、実際にそれを世界に向けて宣言したわけでもないし、まだ平和的に解決出来るかもしれないという希望があった。

俺はまだ小さくて理解しきれていなかったのだけれど、こんな状況でも9人でこっそり会い、秘密基地で遊んだり出来ていた。
以前のように堂々と遊ぶことが出来なくなっても、俺達の友情というか結束みたいのは少しも崩れて無かったんだ。
むしろ、大人たちや周りから、もう遊ぶなって言われれば言われるほど、強くなっていったように思う。

 

57:
4月に入って、どうやらボシュナが国連に加盟するといった情報が流れてきた。

その意味が理解できなくても、周りの大人たちが深刻そうに、そして民族ごとに緊迫した空気を出している事から、俺達子どもも、かなり不安になってきていた。
俺達子どもは、昔この地域でおきた民族同士の争いや悲惨な歴史を殆ど知らなかったんだ。


父さんは、この緊迫した状況を考えて、俺だけでも日本に帰国させようとしていた。
当然、俺はそれを断固拒否するだろうと考えたらしく、俺には内緒で、仕事でサラエヴォに行くと言って、俺をソニアの家に預けたんだ。
今思えば、あれは俺を一人残して、航空券を買いにいったんだと思う。
一人だったのは、サラエヴォが危険だったからなんだろうな…。
「明日になったら、帰ってくるから、いい子にしていなさい。」と言ってた。

 

58:
翌日の4月5日だったな。俺は父さんが帰ってくるまで遊んでいようと思って、秘密基地でいつものように遊んでたんだ。

ただ、この日に限ってドラガンだけは来なかった。用事があるとか言って。

夕方近くになった頃だった。街の方から大きな音がしたんだ。
皆びっくりして、急いで丘を駆け上がったんだよ。そしたら、街から黒い煙が上がっていて、時々小さな乾いた甲高い音が聞こえてきてた。
俺は何の音かわからなかったんだけど、ミルコが「銃の音だ!」って叫んだんだよ。

血の気が引いたのを覚えてる。ソニアやサニャ達はおろおろして泣き出しちゃってさ。
ミルコやメフメット、カマルは家に帰らなきゃって叫んで、街に向かって走っていった。
止めればいいものを、状況が理解できていなかった俺はぼーっと立ち尽くしていたと思う。


多分、30分位そこでぼーっとしていたかな。もっと長くそこで立ち尽くしていたかもしれない。
大きな音を出しながら、何台かの車がソニアの家の方向に向かって来てた。
あれって何だろうって思っていたんだけど、カミーユが「スルツキの奴らだ…。」って呟いたんだ。

 

59:
ソニアは家に帰ろうとしたんだけど、カミーユや俺で必死に止めた。
それで、様子を見ようってことで、カミーユが何時も持ってきていた双眼鏡でソニアの家を覗いてたんだ。

最初は、「スルツキの兵士が家の中に入ってる、外にも何人かいる。」って感じで説明してたんだけど、途中で「あっ。」って言った後、カミーユは何も言わなくなっちゃったんだ。
メルヴィナと一緒に、どうしたの?って何度聞いてたんだけど、何も言わなくてさ。
おかしいな?って思って、少し身をを乗り出して見たんだ。 
そしたら、さっきの車二台が俺達の方向に向かってきてるんだよ。

「何で!?何でわかっちゃったの!?」って口々に言ってたんだけどさ、カミーユが涙目になりながら、わからないけど目が合っちゃったって言うんだ。

今考えれば、その理由はすぐわかるよ。でも当時はそんなのわからなかったんだ。
ただ、カミーユは俺のせいだ。俺のせいだ。って泣いてた。

このままだと、もしかしたら俺達は捕まってしまうかもって思ったんだ。
考えてみれば、敵かどうかもわからない。それなのに、俺達はもうそのスルツキ達を敵だと思ってた。
多分、あれは直感というか本能的なものだったと思う。だって、味方は銃を持って来ないでしょ。

 

60:
少しずつ車が近づいてくる音がして、この場所にいるのは不味いと思ったんだ。

俺は4人に急いでこの場所を離れて隠れようって言った。
俺は泣いているソニアの手を引っ張って、カミーユとメルヴィナはサニャの手を引っ張って、急いで走った。
だけどさ、結局俺達は8歳そこそこの小学三年生ぐらいの子どもだった。例え俺達が必死に走ったところで、逃げ切れるわけがなかったんだ。


200Mくらい離れた小さな木の下に隠れたけれど、ゆっくりと車が近づいてくるのがわかった。
心臓が高鳴って、次第に息苦しくなってきたんだ。
頭の中では落ち着け。落ち着けと言っているのに、体中から汗が出てきて、静かにしなきゃいけないのに、鼻から息が吸えなくてさ。口で音を出しながら
息をしてた。
 
すぐ隣のソニアやサニャ達は、泣かないように必死に口を押さえてるんだよ。
でも、カチカチって歯の音がしちゃってさ。止めようとしても、その音が止まらないんだ。

 

61:
正直に言って、俺はもうだめだと思った。殺されるとか、そういうのはまだわからなかったのに、ああ。もう終わった。そんな感覚に陥っていた。
多分、皆も同じ感覚だったと思う。

車の音も大きくなってきて、スルツキの民兵達の声も、鮮明な声ではないけれど、聞こえてきた。
何か恐ろしいことを言っていた気がするけれど、恐怖でそれを理解するほど、覚えているほどその時の俺には余裕がなかったように思う。

見つかるのも時間の問題だったんだ。
そしたらさ、少し離れた所に隠れていたカミーユが俺を後ろに引っ張って、小声で囁いたんだ。他の女の子には聞こえないようにしながらね。

「このままだと見つかってしまう。俺がスルツキを引き付けるから、その間に皆を連れて逃げてくれ。」

それを聞いて驚いたよ。そしてもしかしたら助かるかもなんて考えてしまった。
 
でも、それをやったらカミーユはどうなる? 
 
「危ないよ。ここで皆で静かに隠れてよう。」

俺は慌ててそう言い返したんだ。だけど、カミーユは、それだと見つかるって。皆殺されるって言うんだ。 

「引き付けた終わったら、後を追いかけるから大丈夫。」
 
俺はわかったって答えた。もうそうするしかないように思えたんだ。
そしたらカミーユはニコって笑ってさ、良かったって言うんだ。そしてさ、「サニャの事、俺が戻るまで守ってあげてね。」って。

 

62:
そう言い終わると、俺の返事を聞かずにカミーユは俺達が隠れている方向とは反対側に身を低くしながら走っていったんだ。
俺は3人に、カミーユが引き付けるから、その間に逃げるって伝えたんだ。
ソニアやサニャは駄目駄目って言うんだけど、メルヴィナは「そう。」って呟いただけだった。

スルツキの民兵が俺達まで20、30メートルぐらいまで近づいた時だったと思う。向かい側の離れたところから、カミーユの声が聞こえたんだ。たしかスルツキを馬鹿にするような言葉を発していたと思う。
それに気づいたスルツキの兵士たちが大声を出しながらそっちに走っていってさ。
俺達はそれを見て少し経ってから急いでその場から逃げたんだ。

 

64:
メルヴィナがサニャを、俺がソニアの手を引きながらガムシャラに走った。そしたら、後ろの方から乾いた音が何回か聞こえたんだ。
パパン、パパンだったかな。それと同時に、さっきまで叫んでいたカミーユの声が聞こえなくなった。

俺は、まさかと思って、立ち止まりそうになったんだ。引き返さなきゃって。
そしたら、メルヴィナが「止まっちゃ駄目!」って言ったんだ。
引き返したら、カミーユの行動が無駄になるって
 
息が続く限り走ったと思う。それでも、移動した距離は1キロにも満たなかっただろうけれど。肩で息をしながら、もう大丈夫だね。って言い合った。 

 

65:
そこからは歩いて山の下まで行ってさ、夜になるまでカミーユを待ったんだ。
 
だけど、結局カミーユは来なかった。
薄々皆気づいていたよ。あの音がしたときに、カミーユは殺されちゃったんだって。
でも、信じられなかった。もしかしたらって思ってさ。口にする事が出来なかったんだ。

気づいたら、皆涙流しててさ、人が死ぬって事はまだそんなに深く理解できる年ではなかったけど、それでも涙が一杯出てきたんだ。
カミーユがさ、サニャの事が好きだってのは気づいてた。
それに、サニャもカミーユが好きっていうのは知ってたんだよ。俺は。

だけど、怖くて止められなかった。カミーユが引き付けてくれれば、助かるかもしれないって思って。

 

66:
泣きながら、サニャに「ごめん。ごめん。」って何度も謝った。俺が殺したようなもんじゃないか。
そしたら、サニャはさ、自分だって悲しいはずなのに、無理して笑顔作って、
「祐希は悪くないよ。」って言うんだ。


太陽が沈んで、辺りが暗くなった頃、夜の山に子どもだけだと危ないからといって、山から出て道をあてもなく歩いた。何でこんな事になってしまったんだろうとか考えながらさ。
沢山の星が綺麗に輝いてるのにさ、下は地獄だって思ったよ。


1・2時間くらいかな。それくらい歩いてたと思う。いきなり草むらから音がして、何人かの大人が出てきたんだ。
またスルツキかと思って、びっくりして逃げようとしたんだ。だけど、ソニア達のヒジャブを見たからか、俺達がボシュニャチだとわかったみたいでさ、ボシュニャチの大人がこっちに来なさいって言ってくれたんだ。
あ、俺は日本人だけどね。

 

67:
その人たちは、街で起きたことを教えてくれてさ、これからフォーチャへ向かって、それからゴラジュデに向かうから一緒に来なさいって言ってくれた。

ソニアやサニャは家に帰りたいって言ったんだ。
だけど、街にはスルツキの民兵や軍が来てボシュニャチやフルヴァツキの人たちを連れて行ってしまったから、行っちゃ駄目だって。
首都のサラエヴォでも戦争が始まったって言っててさ。
俺達は黙ってついていくしかなかった。


ライトを着けないで、街の反対側の山から向かったんだ。車の中でさ、俺はまた泣きながら、カミーユに親切にしてもらったのに、俺は…って泣き言を言ってたんだ。
そしたら、サニャが俺の背中を擦りながらさ、

「カミーユが小さい頃に死んじゃったお兄さんが祐希とそっくりだったんだよ。初めて会った日にカミーユは嬉しそうに話してて、友達になりたいって。大丈夫だよ。カミーユは怒ってないし、悲しんでもいないよ。安心して。」
 
って。

 

69:
そんな感じの事を言われたんだ。
 
その時、俺が空き地で眺めていた時に何で話しかけてくれたのかとか、何で休み時間に教室に来てくれたり、一緒に沢山遊んでくれたり、優しくしてくれたりしたのかとか、不思議に思っていたことが繋がってさ…。 
 
好きだった子が死んじゃって、俺よりも長く一緒に過ごしてた子が死んじゃったっていうのに、メソメソしている俺を慰めてくれてるサニャを見てさ。
あの時俺が勇気を出して行ってればって。俺が行けば良かったって後悔した。

それと同時に、カミーユとの約束、サニャを今度は俺が守らなきゃって。
何かあったらカミーユのようにしてでも守らなきゃって誓ったんだ。


まさか、これからさらに悲惨な未来が待っているとは、想像もしていなかったよ。

 

70:
車で舗装された道の近くまで来たところで、大人たちがここから先は歩いて向かうって言ったんだ。
俺達は、何で歩いていくの?まだ遠いよって言ったんだけどさ、フォーチャへ向かう道はここしかなかったんだ。

 
サラエヴォでは、スルツキ(セルビア人)の警察や軍が都市を包囲して戦いが始まっててさ、この道にもスルプスカの軍がいるかもしれないから、歩いて山を越えることになったんだ。
とはいっても、実際に山中を登って下ってというわけではなくて、道から数百メートルはなれた木々の中を歩いていったんだけどね。
まだ夜で周りは真っ暗でさ、すぐ目の前もよく見えなかったんだ。

月明かりだとか、星空だとかで案外見えるんじゃないかって気もしてたんだけど、木々に覆われた中では光が枝や葉に遮られてしまって、本当に暗かった。
周りは風で揺らされた枝や葉がこすれる音とか、時折鳥か何かの声がしたりして、とても不気味だった。
 
それでも、例え怖かったとしても、進まなきゃいけなかったんだ。
サラエヴォに向かうのは危険なんだ。
だから俺達に残された道は、ゴラジュデしかなかったんだよ。


幼い俺達にとって、夜寝ないで歩き続けるって言うのは、想像以上に辛いものだった。
家族がどうなったかわからないし、俺も父さんがサラエヴォでどうなったか、生きているのか、それとも俺がカリノヴィクを脱出した後に戻ってこれたのか、心配してないか、色々と不安だった。
不安という一言では伝えきれないほど、頭の中では色んな事がごちゃごちゃと
渦巻いていたように思う。
 
体力的にも、限界は近づいてきていて、足は重いし、足元も良く見えなくておぼつかない。
時折、ガサガサと音がするだけで皆が伏せてさ、常に周りを警戒しながら歩いてた。
真っ暗でよく見えないお化け屋敷の中を延々と歩くようなものかな。いや、起伏に富んでいて、足元が悪く、そして見つかったら殺されるかもしれないという不安が追加されているけれどさ。

もう歩きたくなかった。大人におんぶしてもらえたら、どんなに楽だろうって何度も思ったよ。
でも、俺達は言い出せなかったんだ。なぜなら、俺達よりも小さい子が歩いてるんだよ。
俺達よりも辛いはずなのに歩いてるんだ。だから耐えるしかなかったんだ。
とはいえ、徒歩で山中を歩くのは時間がかかる。


空が赤くなり、少しずつ夜が明けてきた頃だったと思う。
フォチャ途中にあるミジュヴィナという街のすぐ近くまで来ていたんだ。
内心、やっと休めると安心したよ。
 
だけど、周りがどんどん明けてくるに連れて、その考えが甘かった事に気づかされたんだ。
 
 
小さな街なのだけれど、そこからは黒い煙が立ち上っていた。
誰も口には出さなかったけれど、カリノヴィクと同じ状況になったというのは明白だった。

 

71:
しかし、このままフォーチャに向かうのは不可能だったんだ。俺達のグループは、大人数名に子ども数名、そしてまだ1歳ほどの赤ちゃんまでいたんだよ。
まだ4月とはいえ、喉はカラカラに渇いていたし、お腹もすいていた。
赤ちゃんに至っては、もう元気がなくてぐったりしていたんだ。

だから、一人の男性が街に行って、食料とかを調達してくることになった。
もしスルツキ(セルビア人)に見つかったら殺されてしまうのではないか?といった疑問もあったけれど、彼はスルツキ(セルビア人)とボシュニャチ(ボスニア人)のハーフだったから、大丈夫だよといって出かけていった。


待っている時間はとても長く感じた。もし帰ってこなかったらこのままフォーチャに向かうしかない。
そして、向かったとしても、このミジュヴィナと同じ状況になっているかもしれない。

未来が見えなかった。希望の光が見えなかったんだ。幼い俺ですらその状況なのだから、大人たちはもっと深刻に感じたいたかもしれない。
まだ肌寒い季節なのに、そういった変な興奮状態からか、体は火照っていたように思う。恐らくは、疲労の為に体が熱くなっていたのかもしれないけれどね。

 

72:
彼の帰りを待ち続けてから、4時間か5時間ほど経過していたと思う。時計を持っていなかったから、何時頃かまでは正確にはわからないけれど、お昼近かった、もしくは過ぎていたかもしれない。

待っている途中に、何度か道路を車が通り過ぎて、その度に皆で伏せたりして身を隠し、物音を立てないようにしていた。
普通であれば、通り過ぎる車は市民であったり、伐採した木材を運ぶトラックだったりしたのだけれど、この時通過していった車は、武装警察か民兵、あとはユーゴから抜けたスルプスカの軍隊ぐらいだったと思う。


もしかすると、フォーチャも既に同じ状況かもしれないという不安が、車を目にするたびに確信に変わってきていた。
それでも、街から彼が戻ってこない限りは、どうする事も出来ない。
何時になったら戻ってくるんだろう。もしかして何かあったのかもしれない。そんな不安も過ぎっていた。

だけど、何かあれば街から音がしたりするんじゃないか、いや、距離があるから聞こえないといったやり取りを、大人たちはしていた気がする。
俺やメルヴィナたちは、特にする事もなく、息を潜めながら、小さい子ども達をあやしたりして待っていた。

 

73:
すると、朝に食料や水を取りに行ったボシュニャチの人が、スルツキの青年二人を連れて、俺達の隠れている方向に向かってきたんだ。
皆混乱した。何人かの大人は、彼が俺達を売ったと言ったり、仲間になってくれるんじゃないかと言ったりして、話し合っていたんだ。
 
しかし、このままここで待っているのは危険すぎる。
もし本当に彼が俺達を裏切ったとしたら、俺達の運命は終わったも同然なんだ。
だから、この場から離れて逃げようといったり、隠れてスルツキの青年たちの様子を見て、隙があれば殺そうといったりして、揉めたんだ。
 
この時、話し合いを聞いていたけれど、子ども達は長時間の移動と、緊張の連続で疲れ果てていた。
だから、淡々と、「どうなるんだろう」と考えたりしていて、子ども達は静かだった。 
 
結局、すぐに結論が出る話ではないわけで、俺達は見つかる前に、とりあえず隠れる事にしたんだ。様子を見てから決めても遅くは無いってね。
 
相手は武器も持たない青年二人。両手に大きな荷物を持っている。
例え武器だとしても、取り出す前に殺せると考えたんだろうと思う。恐らく、100メートルぐらいまで近づいてきた頃かな。
ボシュニャチの彼と、スルツキの青年二人が、手を振り出したんだ。

 

74:
もしかして、俺達を狙っていないんじゃないかって大人が言い出した。
でも、また別の人が、いや、これは罠だ。って言い出した。
 
どっちかわからないんだ。他民族どころか、もう同じ民族の人間ですら、朝まで仲間として共に行動していた人間ですら信用できなくなっていた。
おれ自身も、日本人ではあるけれど、この時は自分もボシュニャチの仲間・同胞といった様な意識が芽生えていたように思う。


それからしばらくの間、俺達は三人のことを注意深く観察したんだ。
実際に観察していたのは大人で、俺達子どもはその様子をちらっと見たり、聞いたりするぐらいだったけれどね。

何か手を振る以外に何らかの行動を取ると大人たちは思っていたみたいだけど、彼らが何かをする素振りは見せなかったんだ。ただ、手を振って、そしてじっと待っているだけだったんだ。

 

75:
そしたらさ、こんな時に限って、先ほどまで静かにしていた赤ちゃんが泣き出したんだ。
そりゃそうだよね。もう丸一日以上ろくに水分補給もしていないし、赤ちゃんが泣くのは仕方が無い。
 
でも、タイミングが最悪だった。当然、彼らはすぐにこっちに気づいたよ。
大人たちは、彼らと目があったのか、それとも彼らがこっちに振り向いたのか、「あぁ・・・。」といったような諦めの言葉を発した気がする。

気づかれてしまい、もう駄目だといったような雰囲気が、俺達の中を包み込んだんだ。
だけど、彼らはこっちに気づくとさ、ニコニコしながら向かってきたみたいで、俺達の目の前まで来た時も、安心したような表情を浮かべて、3人で来た経緯を話してくれたんだ。

彼らが話していた内容は、長くて殆ど覚えてないから、簡単に要約するけれど、スルツキの青年二人の街ミジュヴィナでもカリノヴィクと同様の事が起きたんだ。
つまり、非スルツキの人々にスルツキの警察が襲い掛かってさ、連れて行ったり、抵抗する者は見せしめにサツ害・レ〇プしたりしたらしいんだ。

それでさ、ハーフの彼が街に入った時、ちょうど亡くなった遺体とかを積み上げていたところだったらしい。

 

76:
それでさ、この時一緒についてきたスルツキの青年二人が、ハーフの彼に気づいたらしいんだ。
そして、ここは危ないから、早く逃げるように言ってくれたんだって。
 
だけど、食料と水がない状態ではゴラジュデどころか、近くのフォーチャにもたどり着けないって言ったんだって。
小さい子どもや、年配の老人もいるから、食料と水が必要って。
 
そしたら、二人がわけてあげるって言ってくれてさ、そして自分たちもついていくと言ったんだって。
ハーフの彼は断ったらしいんだけど、もし自分達がついていけば、万一民兵や警察に見つかった時でも、二人が出て行けば誤魔化せるかもしれないからってさ。


彼らが言うには、ミジュヴィナの街で、その虐サツというか、さっき言った様な事態が発生した時に、何人かのスルツキの人々は、ボシュニャチやフルヴァツキの人々に危害を加えるのに反対したらしいんだ。
昨日まで隣人として暮らしていた人を[ピーーー]のは止めようって。
 
でも、そう言った人たちの殆どは、警察に酷い暴行を受けたり、頃されてしまったんだって。
だから、自分たちはこんな所に居れない。居たくないって事だったらしいんだ。

 

77:
話を聞いた後、大人たちだけで話し合って、結果的には一緒に行動する事になったんだ。
それで、山の中で食事や休憩を済ませた俺達は、夕方になるのを待ってから、
フォーチャに向けて歩き出したんだ。
 
フォーチャへの道のりは、車だとそこまで遠いわけでもないのに、とても長く辛く感じた。
これからどうなるかもわからない不安の中で歩くのは、とても根気のいる事だったんだ。
夕方の時間帯は何とか大丈夫でも、夜になればどうしても眠くなるんだ。ただ、夜のうちに行動したほうが安全だからと言われて、歩くしかなかった。

人間ってさ、本当に眠い極限状態の時は、どんな状況でも寝れるみたいでさ、
子どもだけでなく、大人でさえも、半分寝ながら歩いていたんだ。
子どもに至っては、ふらふらしながら歩いていてさ、危ないからということで、皆で手を繋いで、一列になったんだ。
小さい子がうとうとしても、大きな子や俺達ぐらいの年の子が転ばないように注意しながら支えて歩いたんだ。
 
それで何とか、朝が明ける前にフォーチャ付近までたどり着いた。

 

78:
フォーチャの街に入るには、本当は橋を渡った方が近いし楽だったんだ。
だけど、橋の付近にはスルプスカの警察や軍が検問を張っているかもしれない。
一緒について来てくれたスルツキの二人が、橋は避けたほうが良いと言うので、俺達はフォーチャ手前で川を直接泳いで渡り、超えることにしたんだ。

ただ、体力的にも限界が近づいていた俺達には、水の中を泳いで渡るのはとても過酷だった。
渡る途中で、母親におんぶされていた幼児が流されてしまってさ。
助けなければいけないのに、誰も泳いで幼児の所まで行く体力が残っていなかったんだ。
母親は子どもの元へ泳いでいこうとしたんだけど、他の男の人に止められたみたいで、結局俺達は、その幼児が流されて沈んでいくのを見ているだけしか出来なかった。

 

79:
川を渡って、山の方からフォーチャ市内へ向かった。
街は、カリノヴィクやミジュヴィナと違って、家が燃えたり人の悲鳴が聞こえたりといった状態にはなっていなかったんだ。

俺達はほっとして、そしてスルツキの二人が念の為様子を見てくると言って、先に街の中へ入っていった。
多分1時間くらいして戻ってきて、大丈夫だから行こうという事になった。


この日は、カリノヴィクから逃げてきてから大体二日ほど経った日で、92年の4月7日だった。
もし、フォーチャでもカリノヴィクと同じ事が起きていたらどうしようと思っていたけれど、実際にはまだ何も起きていなくてさ。
とりあえず、皆安堵して、親戚や知人がいる人たちはその家に向かい、行き場のない人達はモスクへ向かったんだ。
 
以前ソニアやソニアパパと来た時は、街もかなり活気があって、人々が溢れていたのだけれど、この時は人が少なくて、多分外に出ていなかったんだと思う。
それがとても印象的だった。

 

80:
俺達が向かったモスクはさ、前にソニア達と一緒に来たモスクだったんだ。
あの時は、まさかこんな形で再び来ることになるとは思わなかったけれど、安心した気がする。
 
これからどうしたらいいのかとか、父さんは無事なのかとか、色々と聞きたいことや不安は山積していたのだけれど、緊張や疲労から体力的に限界がきていた俺やソニア達は、着いてからすぐに寝てしまったんだ。


目が覚めたときには、もう辺りは暗くなっていて、夜になっていたんだ。かなり長時間、寝入ってしまっていたんだ。
起きたら何だかトイレに行きたくなってさ、俺は大人の人を呼んで一緒に行ってもらおうと思ったんだ。早朝まで暗い山や森の中を歩いて来たというのに、
トイレに一人で行くのが怖かったんだ。変だよね。

でも、周りを見渡してもモスクの中には大人が誰も居なかった。
あれ?おかしいな。もしかして夢なのかな?とか、まだ寝起きで頭がぼーっとしていた俺は思っていたんだ。
 
だけど、少ししてさ、外が騒がしいのに気づいた。

 

81:
どうしたんだろうと不思議に思って、モスクの外に出て周りを見渡したんだ。
そしたら、街中から人の悲鳴とかが聞こえてきてさ、時々、つい先日耳にしたのと同じような乾いた銃声の音が聞こえたんだ。
 
嘘だと思った。やっと安心できると思ったのに、たった一日、いや一日も経たずにこんな事ってあんまりだと思って、自分の目を疑った。
でも、何か目を擦っても、耳を叩いても、目に見える光景や音は変わらなかったんだ。 
 
そしてよく見るとさ、街の所々から火とか煙が上がっていて、信じたくなかったけれど、これが夢の世界の出来事なんかじゃなく、現実に起きている事だと受け入れるしかなかった。

そう考えたらさ、さっきまで何ともなかったのに、急に足の力が入らなくなってしまって、地べたにペタンと座って立てなくなったんだ。
心のどこかで、もう逃げ切れないんだな、ここで死ぬしかないんだなと感じた。
 
希望を持たなければここまでショックを受けなかったと思う。だけど、フォーチャに着いて、もう大丈夫かもしれないと希望を持ってしまったんだ。
それをもがれるのは、まだこの時は耐えられるものではなかった。

 

82:
それから少しの間、その状態のまま座っていたと思う。気づいたら、周りに一緒にここまで行動してきた大人達が居て、その人たちも同じように唖然とした表情で街を見つめていた。
恐らく、最初から近くにいたのかもしれないけれど、街の状態でショックを受けていた俺は、気づかなかったのかもしれない。
 
そのまま俺はまたじっと、燃える街を見ていたんだ。
そしたら、ソニアが起きてきて、俺の隣に来たんだ。


「祐希ー、街綺麗だねー。わー赤い星がいっぱいだよー。」

といった感じの事を笑いながら言うんだ。
一瞬、俺はソニアが何を言っているのか理解できなくてさ、表情を見たら、何か笑っているけど、ぼーっとしていてさ、目の焦点が合わないような変な表情をしていた気がする。
 
おかしいって思って、何言ってるのか何度も聞いたんだ。だけど、ソニアは笑って綺麗だね、しか言わないんだ。
物じゃないけどさ、ソニアが壊れちゃったと思った。

 

83:
俺はどうしたら良いのかわからなくて、ソニアの事も相まって少し混乱しちゃってさ。
もう考えるのは無駄かもだとか、諦めようとか、マイナスの事を考えたりしたんだ。

だけど、このまま諦めたらソニアやメルヴィナ、サニャはどうなるって思って、このままだとカミーユの行動が無駄になるって考えたんだ。
サニャ達を守るって誓ったのに、このままだとその誓いも破ることになってしまうって。 

だから、3人を連れて街から逃げようとしてさ。
行くあてもないし、ましてやこの国の人間ではない自分には頼れる人もいない。
それでも、ここに留まっているよりは、マシな選択に思えたんだ。


逃げるなら、今のうちしかないと考えた俺は、ソニアの腕を引っ張って、モスクの中に戻った。そしてまだ寝ていたメルヴィナやサニャを起こして、
「ここは危ないから街の外に逃げよう。」
と言ったんだ。
メルヴィナもサニャも、起こしたばかりだから少し寝ぼけて反応が薄かったけれど、外の音が聞こえたみたいでさ、何が起きているの気づいたらしく、「うん。」と答えてくれた。

 

84:
だけど、遅かったんだよ。
余っていた食べ物とかを集めていたら、もうモスクの直ぐ近くにスルプスカの警察が来てしまったらしく、大人達が騒ぎ出したんだ。
大人達がスルツキだ警察だって叫んで、早く逃げなきゃって思ったんだ。
 
ソニアは警察だから大丈夫だよって笑っていたけれど、その警察がボシュニャチやフルヴァツキの市民を連行したり暴行したり、頃したり、レ〇プしたりしてるんだよ。
もうこの街に正義の味方、少なくともボシュニャチを助けてくれる味方はいなかったんだ。


そんな感じでモタモタしている内に、モスクの周りのは更に騒がしくなっていた。
外に居た大人たちは、慌てながらモスクの中へ逃げ込んできたり、他の場所に
逃げようとしたみたいだった。
だけど、他の場所へ逃げようとした人に向けて、警察は銃を発砲したらしく、乾いた銃声が周りから聞こえて、外の悲鳴とかは少しずつ聞こえなくなった。

その状況を見ている内に、もうモスクは警察に囲まれていたんだ。

 

85:
モスクから逃げようにも、幼い俺達が走って警察から逃げ切れるはずもない。
最悪、カミーユのように俺がお取りになって、サニャやメルヴィナ、ソニアの
3人だけでも逃がそうと思った。
もう9人の中で、男は俺しか居ない。俺しか3人を守れる人間はいないって思ったんだ。


でも、現実はそんな英雄的な行動をおいそれと取れるものじゃなかった。
少し間をあけて、警察たちが銃を手にしながらモスクの中に入ってきたんだ。
多くの人は、隅っこに下がったり、布を被ったり、伏せたりした。
だけど、そんな事をしても意味なんてないんだよね。彼らは俺達の様子を見に来たわけじゃないのだからさ。
 
警察官達は、大人の男だけじゃなく、隅っこで震えている子どもや女性、お年寄りの顔を一人ひとり確認していった。
俺達の所にも近づいてきて、俺はさっきまであんなにお取りになろうと考えていたのに、怖くて足も動かないし、声も出ないんだ。本当に動かないんだ。
動かそうと思っても、心が折れてしまっていたんだ。

 

86:
警察の人の顔は、暗くてよく見えなかったけれど、その時はとても怖い顔をしていたように見えた。
 
一通り、性別や年齢とかを確認し終えると、警察官は大人の男性や女性を無理やり引っ張って連れて行ってしまったんだ。
当然、男の人は暴れたけれど、外に引きずり出された後に銃声が聞こえて、その人の声はもう聞こえなくなっていた。

 
変な話だけど、この時ぐらいからだと思う。人が殺されても、あまり感情とかが湧き上がらなくなってきていたんだ。ああ、またかといった感覚に似ているけれどさ。


警察が去った後は、皆ぼーっとしながら、夜が明けるまで座っていたと思う。赤ちゃんとかは泣いたりしていたけど、それをあやす母親はとても憔悴しきった顔をしていた。もしかしたら夫があの時連れて行かれたのかもしれない。

だけど、そんな事を聞けるような状況でもないし、正直に言えば、もうソニア達3人以外の事を考える余裕なんて俺にはなかった。

 

87:
それから数日経ったけれど、時々街中で銃声や悲鳴が聞こえるぐらいで、初日ほど騒々しい状況になることはなかった。
 
スルプスカやスルツキに忠誠を誓う印として、生き残ったボシュニャチの人々は家の前や屋根に白い布とかを掲げて、自分もスルツキの一員だといったような合図をしていた。
後で調べて、これが警察とかから指示されたものだと知ったよ。

この白い布や旗っていうのはさ、今考えてみれば、自分がボシュニャチですと公言しているようなものなんだよね。この家や建物にはボシュニャチがいるぞ!って。 
 
かといって、白い布を掲げなければ、頃されたり拷問されたりするんだ。
掲げても暴行やいやがらせを受けて、時には見せしめとしてサツ害されレ〇プされ、
掲げなくてもサツ害・レ〇プ・暴行をされる。
自分が標的にならないように祈ることしか出来なかった。

 

88:
もう希望なんて正直消え失せていた。この街から逃げたくても逃げ出せない。
街の所々にはボシュニャチの人々の収容所とかが作られたりしてさ、男の人は暴行、処刑されて、女性は数人がかりでレ〇プされていたらしい。
この時は、そんな事になっているとは知らなかったけどさ。

何もする気力が起きないし、する事が無い。何日もぼーっとしてたんだ。

そしたら、モスクに元々いた年配の人がさ、
「君はムスリムなのか?」
って聞いてきたんだ。だから、違うって答えた。そしたら、「何で我々と一緒に行動するんだ」って言うんだ。
 
何でってそんなの俺が知りたかったよ。だけど、 友達と離れたくないから、友達を守らなきゃいけないからって答えたんだ。

そしたらさ、君は異教徒で異民族かもしれない。だからこそ、生きて目にしたものを伝えなさいって言って、藁半紙みたいなノートを数冊くれて、鉛筆も何本かくれたんだ。

今こうして書いている内容の元は、この時にもらったノートに書いてある日記というか、起きたことを書いた文なんだ。
元々さ、カリノヴィクに居た頃から絵日記みたいのはつけていたんだけど、あの時は急だったから持って居なかったし、取りに行ける状況じゃなかった。
 
だから、このカリノヴィクから逃げる時期やフォーチャでの出来事、これから先の出来事は多少細かく書けるんだけど、 その前の出来事は、時々思い出みたいのが書いてあるぐらいだから、 今じゃどんどんその時の記憶が思い出せなくなってきているんだ。
それがとても怖い。

 

89:
日にちは経って、4月22日になった。
この日も、ここ数日のように過ぎていくと思っていたんだ。

だけど、違った。スルプスカ軍か、民兵か、警察かはわからないけれど、フォーチャにある歴史あるモスクが次々に破壊され、爆破されたんだ。

もう俺達が気づいた時には、街中から轟音が聞こえて来ていた。
また始まったと思ったけれど、この日はいつもと違ったんだ。
この日の標的は、俺達とは関係ないボシュニャチの人ではなく、俺達自身だったんだ。
 
急いで荷物をまとめて、モスクから逃げようとした。
大半の人は逃げていたけれど、サニャが忘れ物をしたといって、モスクに走って戻ったんだ。
俺は駄目だよ。危ないよって何度も叫びながら止めようとしたんだ。

 

90:
でも、サニャはカミーユの荷物があるから取りに行くって言って、止まってくれないんだよ。

必死に追いつこうとしたけど、この時のサニャの足は速くて追いつけなくてさ、
モスクのすぐ隣に生えている木の所でやっとサニャの手を掴んだんだ。
そして、危ないから俺がとりに行くって言った瞬間だったと思う。

耳がつぶれるかと思うくらいの轟音と一緒に、目の前が真っ暗になって、気づいたら10数メートル吹き飛ばされてたんだ。

 

91:
一瞬、何が起きたのかわからなくてさ、耳もキーンとして聞こえないし、目もよく見えなかった。
体中にも激痛が走ってた。だけど、感覚はあるし、どうやら自分が無事だって事は何とかわかったんだ。

それではっとしてさ。そういえばサニャはどこだって。
でも、自分の手はサニャの手を握ってるんだよ。だから、無事で良かったって思ったんだ。

だけど、違ったんだよ。耳とか目の視力が回復してきて、よく見たら、サニャの手しかないんだよ。
俺は丁度木の陰に隠れて、打撲で済んだけれど、サニャは木の陰に隠れてなかったんだ。

俺よくわからなくなっちゃってさ。サニャどこに隠れたんだろってサニャの事必死に探したんだよ。
でも、周りにサニャ居なくてさ。あ、モスクの中に隠れたかもって思ってさ、
崩れ落ちたモスクに行こうとしたんだ。モスクの中に運よく隠れたんだって思ってさ。

 

92:
そしたら、メルヴィナが俺のところに駆けてきてさ。
危ないから早く離れるの!って言うんだ。
でも、まだサニャがモスクにいるから、いるから!って俺何度も言ったんだ。
サニャに手を返さないと、くっつかなくなっちゃうから早くしないとって。

よくわからないけど、俺泣きながらサニャ早く出てこないと、手返さないよって叫んだんだ。
そしたら、メルヴィナにビンタされてさ。かなり痛かった。

「サニャはもう駄目なの!祐希まで死んじゃったら私たちどうしたらいいの!」

みたいな事を泣きながら言うんだ。


もう駄目だってそんなのわかってるんだよね。わかってるんだ。
木の陰がとか、そういうのはその時は気づいてなくてもさ、
手首から少し先がもぎ取られたみたいになってるのを見れば、そんなのわかるんだよ。

でも、そういった現実は俺には認められないんだよ。
だって、俺はカリノヴィクでカミーユにサニャを守ってねって言われて、約束してるんだよ。
その後、カミーユの代わりに俺がサニャを守るって誓ってるんだよ。

 

93:
情けないけどさ。俺それから数日の記憶なくてさ、気づいたらフォーチャからソニアやメルヴィナ、そして何人かの大人と、赤ちゃんとか小さい子ども数名と一緒に山の中にいたんだ


俺さ、サニャよりも足はずっと速いんだよ。
怪我でもしてない限り、サニャに追いつかないはずないんだ。

あの時、俺が追いつけなかったのは、多分、俺がビビッてたからなんだ。
俺は守るとか調子良い事言ってたにも関わらず、またビビッて、何も出来ずに
今度はサニャを見殺しにしたんだって気づいてさ、悔しくて、悲しくて、そして憎くて涙が止まらなかったんだ。


それから1ヶ月か2ヶ月ちょっとは、山の中で生活していたんだ。
フォーチャにはもう戻れないから、結構離れた山中で静かにしていたんだ。
幸運な事にさ、一緒に脱出した人の中に、ミジュヴィナからついてきてくれた
青年の一人が居て、薬とかを時々歩いて5時間くらいかけた所にあるらしい集落に取りに行ってくれていたんだ。

 

94:
ただ、食料は毎回のように貰いに行くわけにはいかなかった。
なぜなら、それで俺達の存在がスルツキの人々に知られてしまう可能性があったんだ。
だから、この山中での生活は、食べ物が少なくて辛かった。

食べられそうなものは何でも食べたんだ。葉っぱも食べたし、変な虫も食べた。
動物も居たけれど、捕まえられたのは数回だった気がする。食べ物が少なくて、大人の人も生きている動物を捕まえるほど体力がなかったんだ。

それでさ、動物を捕まえたとしても、火は起こせなかったんだ。
夜といっても、月だとか星の光で煙が見えちゃうらしいんだ。
だから、動物の肉は生のまま、皆でわけあって食べていた。

水も、何時間も歩いた場所にある池から取ってきて、濁ったまま飲んでいたんだ。
それでも水が足りなくてさ、ずっと空腹と喉の渇きに飢えていた。
それに耐えられなくなった俺達より少し上の子が、木の窪みみたいな所に溜まった水を飲んでしまって、お腹を壊して、何日か経った後に亡くなった。

 

96:
男の人が、何日かごとに結構離れた農地へ作物を盗りにいって、野菜とかを手に入れてくるんだ。
だけど、その食べ物は幼児や赤ちゃんにおっぱいをあげなきゃいけないお母さんに食べさせて、俺達を含めた他の人は、食べられそうなものを食べて我慢してた。

葉っぱはさ、たまに毒があるものがあって、最初のうちは見分けられなくて
舌がしびれたり、唇が腫れたりした。
だから、食べる時はまず唇に10分くらいつけて、それで大丈夫だったら口の中に入れて、そこからまた10分ぐらい口の中に入れたまま、咬まずにしておくんだ。それでさ、舌に痺れだとか痛みがなければ、よく噛んで飲み込んでた。
美味しくはなかったけど、食べられずにはいられなかった。

その点、虫は栄養もあるっぽくてさ、最初は気持ち悪かったけど、途中から抵抗なく食べられるようになってた。
特にイモムシみたいなのとか、何かの幼虫はおいしかった。
結構大きめのクモも、肉に歯ごたえがあって、味は鶏みたいな感じだった。

とはいっても、この時はずっと空腹で味覚も狂っていたと思うから、実際はそんなに美味しいものではなかったと思うんだけどね。

 

97:
色々と慣れてくるものだけど、一つだけ慣れないものがあったんだ。

それは夜の山なんだ。
時折、別の山とかに移動して転々としていたけれど、どの山も怖かった。
 
別に幽霊だとか、動物が怖いわけじゃないんだ。
もしかしたら、スルツキの警察や民兵、軍がくるかもしれない。
もしかしたら、この場所が知られているかもしれない。
そんな恐怖が子どもや大人全員にあって、夜は必ず大人二人と子ども一人が起きて、見張りをしていた。 

それでも、物音がしたり、風で木が揺れる度に、皆が目を覚まして、息を潜めてさ、場所を移動してもそれはその恐怖は消えなかった。


フォーチャから脱出した時、俺はずっとさ、サニャの手を持ってたらしくて、目を覚ました時にサニャの手がバックに入っていたんだよ。
捨てるに捨てられなくてさ、腐ってきていたけど、ずっと手元に置いていたんだ。

それでさ、今書いた人の肉を食べた後、お腹がすいたって鳴いているソニアを見てさ、じゃあ、サニャの手を食べようって言ったんだ。

もう、サニャの手は腐ってて、臭いもきつかった。それでも、栄養があるものを食べなきゃって自分達に言い聞かせて、メルヴィナも呼んで三人でこっそり食べたんだ。
口の中に入れた瞬間、へんな臭いと味が広がって、思わず吐きそうになったけど、サニャの分まで生きようって三人で言い合って、食べた。

 

98:
この時が、空腹とかの絶頂だったように思う。友達を食べるって、やっぱ違うんだよ。
一緒に行動していた人も大切な仲間だけど、やっぱりその人のとは違うんだ。

味とか臭いだけじゃなくて、言葉に言い表せない気持ち悪さとか悲しさとか
色んなのがごちゃまぜになった状態で、涙が出そうになるんだ。
声を出して泣きたい位の涙が出そうになるんだ。でも、出ないんだ。
水が殆どなかったからかもしれないけれど、サニャの手を食べた時は、ソニアもメルヴィナも、もう泣かなかった。


この時ぐらいからだったと思う。俺も含めて、ソニアやメルヴィナもあんまり感情を表に現さないようになっていった。


そんな生活をして1・2ヶ月経った頃、皆の体力もかなり落ちていて、このまま生活していても先がないという話になったんだ。
それで、本来の目的地だったゴラジュデに向かうことになった。
毎日日記はつけていたつもりなんだけど、フォーチャから脱出して数日は記憶が殆どなかったせいで、正確な日にちはわからない。
だけど、恐らく6月に入って数日程度経った頃だったと思う。

 

99:
ゴラジュデに向かいだして二日目の昼頃。
山の中を進んでいくとは行っても、道路とか人の生活圏を完全に避けて通過するのは厳しかったんだ。
本来であれば、夜にそういった場所を通過した方が安全なのだけれど、俺達には体力的にもそんな余裕がなかった。

この時は、丁度山道を横切る時だった。道の200Mぐらい手前で、道に銃を持った人間がいるのが見えたんだ。
警察か民兵か、それとも軍の兵士なのかは見分けがつかなかった。だけど、そこを通らないと山が越えられなかったんだ。

俺達、というか大人達は選択に迫られたんだ。このまま気づかれないように進むしかない。
だけど、それには大きな障害があったんだ。それは、赤ちゃんだったんだ。

赤ちゃんはさ、泣くのが仕事っていう位、よく泣く。このときは、元気もあまりなくて、そんな泣くほどでもなかったんだ。
それでも、もし万が一泣いてしまったら、俺達はつかまってしまう。
全員の安全の為には、赤ちゃんを連れて行くことはさ、出来なかったんだ。

 

100:
でもさ、さっきも書いたように、俺ぐらいの子どもも、大人達も、赤ちゃんや幼児の為にどんなにお腹が空いていても、我慢して、耐えて、その子たちに優先的に食べ物をまわしていたんだよ。
そんな簡単に、皆の為にといって、赤ちゃんを連れて行かないなんて、決断は出来なかったんだ。


少しの間、沈黙が流れてさ、言いたいことはわかってる。だけど、誰も言い出せない状況が続いた。
ここまで一緒に行き抜いてきたんだ。こんな小さい赤ちゃんでも、皆にとっては大切な仲間で、気持ちとしては、家族同然のようなものだったんだと思う。

 

101:
赤ちゃんの母親はさ、皆が言いたいことは十分わかっていたんだと思う。そして、皆がそれを言い出せないという事も理解していたんだと思う。
 
誰も言い出さない中さ、笑いながら、皆が言いたいことはわかるって。
自分もこの子も、自分たちの為に皆が危険な目に合うのは望まないって言ってさ。自分が母親だから、きちんと責任を持つって言ったんだ。
だから、皆は先に進んでください。この子とお別れをしたら、私も後から追からって。

何とも言えない空気の中で、そう言った母親は、さっき来た道を戻って行ったんだ。
大人たちは、母親の姿が見えなくなった後に、「すまない。」って一言二言いって、武装したスルツキの近くを通過していくことにしたんだ。


スルツキ達が居る場所を過ぎて、少し数百メートル歩いたところで、俺達は数時間待ってたんだ。母親が後から来るっていってたからさ。
 
でも、結局母親は来なかった。

今思えばだけど、後から追うっていうのは、赤ちゃんの後を追うって意味だったんだろうな…。

 

102:
そして、丁度最後尾に居たのは、俺とソニア、メルヴィナだったんだ。
ソニアは体力的にも、精神的にも参っててさ、俺とメルヴィナが引っ張りながら歩いていたんだけど、子どもだからただでさえ歩くのが遅いんだ。
引っ張りながらだと、さらに遅くなって、全然追いつけないんだ。


気づいたら、俺達は皆とはぐれてたんだ。遠くの方からは、爆発音みたいな音とかが聞こえてきてて、どこかでまたあのような惨状が繰り広げられているかもといった考えが過ぎった。

もしかしたら、大人が心配して引き返してきてくれるかもって思った。
だから、俺はメルヴィナにここで大人達を待とうって言ったんだ。
だけど、メルヴィナは駄目って言うんだ。

「戻ってこないよ。自分達で進まなきゃ。」

って言うんだ。

 

103:
俺達は三人だけで、道もわからないのに、進んだんだ。
 
メルヴィナがさ、もしかしたら、味方が来てスルツキの兵士をやっつけてるかもって言うんだ。
確かに、そうかもって。何かにすがりつかないと前に進めなかった。
だから、俺達は、音がする方に味方がいるって希望を持って、そっちに向かったんだ。


でも、それが間違いだった。

 

106:
山と山の間に、少し開けたところがあって、俺達はそこに出たんだ。
あんなに体力が落ちてなければ、疲れていなければ、もっと冷静に考えられたのかもしれない。
だけど、この時の俺達は、子どもでそこまで思考能力もなかったし、そして疲れ果てていて、頭が回らなかったんだ。


開けた場所の半分くらいまで歩いた時だった。
横の道から、振動と共に何かが近づいてくる音がしたんだ。
もうさ、前の方からは爆発音とかがしてて、そんなの聞こえないはずなのに、聞き間違いだって思いたかったんだ。
だけど、爆発音の合間に、何かが向かってくる音がするんだ。

 

107:
味方かもしれない。でももしスルツキだったらどうしよう。色々不安と期待があった。

俺は怖くて、迷って、そしてその場で止まってたんだ。
そしたら、メルヴィナがとりあえず逃げなきゃって言ってさ、俺はソニアの手をつかみながら全力で前の森というか、山に向かって走ったんだ。

それで、何とか木のところまで来て、良かった。何とか隠れられたって。そう思ったんだ。
それで後ろを振り返ったら、メルヴィナがいないんだよ。
何でって思ったら、メルヴィナがさ、メルヴィナがこんな時にだよ。
こんな時に限ってさ、転んじゃってるんだよ。

 

108:
もう近づいてくる音もかなり大きくなっていて、振動もしてきていたんだ。
メルヴィナ早く立ってこっちに来いって叫んだんだ。

だけど、メルヴィナは立たないんだ。いや、立てないんだよ。
3日間も、殆ど寝ないで飲まず食わずで歩いてきたんだ。体力的にも精神的にも、限界なんてとっくに通り越してたんだよ。


俺は助けに行かなきゃって、もう見つかってもいい。ここで俺がおとりになれば、もしかしたら二人は助かるかもしれないって。
それで飛び出してメルヴィナの所に走って駆け寄ったんだ。

でも、メルヴィナを起こそうとしても、メルヴィナは足に力が入らない、立てないって言うんだ。
だけど、こんな所で見捨てるなんてできるわけないじゃないか。
ここまで一緒に行きぬいてきたのに、もう三人だけになってしまったのに、見捨てるなんて出来るわけじゃないないか。

 

109:
だから、メルヴィナを背負ったんだ。だけどさ、情けないよ。全然前に進めないんだ。

この時、俺は8歳で、小学3年ぐらいだったんだ。男女の差といっても、体格的にも、肉体的にもまだそこまで差がなかったんだ。普段だったら、それでも何とか歩けたはずなんだ。
 
でも、この時の俺にはそんな力なんて残っていなかったんだよ。 
頼むから前に進んでくれって頭の中で思っても、全然前に進めないし、足のふんばりも効かないんだ。
もう、向かってくる音はかなり鮮明になっていて、金属音も混じっていたんだ。俺とメルヴィナの姿が相手に見られるのも、時間の問題だった


俺はメルヴィナに大丈夫だから、俺が何とかするからって言ったんだ。
だけど、メルヴィナがさ。泣きながら、「もういいから、ソニアの所に行って隠れて」って言うんだ。
そんな事出来るわけないじゃないかって怒ったんだ。
だけど、メルヴィナはこのままじゃ見つかるって。今ならまだ間に合うって。今隠れれば、ソニアと俺は助かるって言うんだよ。

 

110:
俺は嫌だ嫌だって言って、背負ったまま前に進もうとしたんだ。
そしたら、メルヴィナが暴れてさ、地面に落ちてしまったんだ。
すぐにまた背負おうとしたんだけど、メルヴィナがあばれて、背負えないんだよ。
 
何するんだって言ったらさ、お願いだから隠れて!って。
俺とメルヴィナが見つかったら、ソニアはどうなるって、このままじゃ全員捕まっちゃうって叫ぶんだ 
だから二人だけでも逃げてって泣きながら叫ぶんだ


俺は弱虫なんだよ。俺はメルヴィナの所に留まっておくべきだったんだ。
それなのに、体が勝手にソニアの所に向かってるんだよ。
何やってるんだよ やめろって自分にいっても、体が勝手に逃げちゃうんだよ。


ソニアの所へ入る直前か、直後かわからない。隠れて振り返ったら、戦車が向かってきていた。
メルヴィナは俺が隠れたのを確認したら、横になりながら体を動かして俺達の方向に背を向けたんだ。

 

111:
頼むから味方でいてくれって、敵だとしたら、気づかないでそのまま通り過ぎてくれってそう祈った。
だけど、現実は全然幸運なんてないんだよ。思ったとおりにならないし、神様なんていなかったんだ。
 
 
戦車はメルヴィナの横で止まって、上からスルツキの軍服を着た兵士が出てきたんだ。 
降りてきた兵士はさ、メルヴィナの事を蹴ったんだ。メルヴィナは濁った叫び声を一瞬だしてさ、生きているって確認した兵士は、笑いながら何かを言った。
そしたらもう一人、兵士が出てきて、暴れるメルヴィナを叩いて、服を脱がせて乱暴したんだ。たった8歳の少女に乱暴したんだよ。
メルヴィナは泣き叫んでもおかしくないのに、自分の口を手で押さえて、叫ばないようにしてるんだよ。

 

112:
俺らに助けを求めないように、俺らが見つからないようにしてるんだよ
自分が酷い目にあってるのに、怖くて痛くて辛いはずなのに、メルヴィナは自分よりも俺達を心配して、自分の口を押さえてるんだよ。

俺とソニアを助ける為に必死に耐えてたんだ


すぐにでも飛び出さなきゃいけない。助けなきゃいけない。
でも、それをしたらメルヴィナの行動は全て無駄になってしまう。
俺には決断できなかった。何でこんな選択をしなきゃいけないんだって、山中の生活を通して、感情をあまり外に出せなくなっていたソニアや俺は泣きながら見ていることしか出来なかった。


これが戦争なんだって。これが人間なんだって。これが神様の作った世界なんだって。
神様なんて、残酷な悪魔だと思った。

俺は本当に無力で、何も出来ない弱虫で、本当は俺があそこで殺されているべきなのに、俺はメルヴィナに代わって死ぬほどの勇気を持っていなかったんだ。
持っていたとしても、それは本当の勇気だとか決意じゃなかったんだ。

日本に居る頃は、自分は何でも出来る、やろうと思えば何でも出来る人間だと思っていた。
だけど、実際の俺はあまりに無力で何も出来ない弱虫だったんだ。

 

113:
ソニアはずっとごめんなさいと繰り返し言っていた。

俺は、メルヴィナが乱暴されて、連れ去られるのを見ている事しか出来なかった。
この時だったよ。今まで憎しみだとか、悲しみだった心が、自分には抑えられないぐらいの怒りと殺意みたいなのに変わっていた。
絶対にあいつらをころすって。
ころしたいって。


それから数時間くらい、俺とソニアはそこから動けないでいたんだ。
だけど、ここにずっと居たって何も変わらない。
とソニアは手を繋ぎながら、轟音止まない方向へ向かった。 
 
世界は不幸なことばかりじゃなくて、幸せもあるかもしれない。
だけど、不幸幸せ不幸みたいに、交互に来るとは限らないんだ。
俺達は、ずっと目指していたゴラジュデに、沢山の大切な犠牲を払って辿り着いたと思ったよ。
だけど、街には入れないんだ。

 

115:
近づくことも出来ないんだ。
もう、街はスルプスカの軍に包囲されて、攻撃を受けていたんだ。山の中にもスルプスカの兵士が大勢居て、全ての希望を打ち砕かれてさ。声も出なかった。

ここに留まることも、街へ入ることもできない。
俺とソニアは、世界で二人だけ取り残された気分になってさ、でも諦めたら駄目だって。自分に言い聞かせて、 ラジュデから離れて延々と、山の中を歩き続けたんだ。


それから93年の10月くらいまで、一年半くらいボシュニャチの民兵の人と行動を共にしたんだ。
俺はさ、彼らと過ごして1ヶ月ほど経った頃に、俺も戦わせてと頼んだんだ。
何でもするって。死んでもいいって。だから俺も戦わせてって頼んだんだ。

俺とソニアが一緒に過ごしていた民兵達の部隊も、人数がどんどん減っていって、人手が不足していた。
この日も、殆どの人が離れた街に行ってしまって、拠点としていた洞窟には十数人しか残っていなかったんだ。

 

116:
もう秋になって、辺りが暗くなる時間も早くなってきていた。
拠点に残っている大人はさ、殆どが負傷した人だったんだ。
だから、俺は暗くなる前にさ、水を汲んでくる必要があった。

 
この時、ソニアも一緒につれて行けば良かったんだよ・・・。
だけど、誰かが負傷した人を見てなきゃいけなくて、俺が水を汲んできて、その間ソニアが負傷した人を看ているってするしかなかったんだ。

 
水を汲む場所までは、山を下らなきゃいけなくて、子どもの足で往復4時間くらいかかるんだ。
水を汲んで洞窟の近くまで来た時には、もう辺りは暗くなっていた。
ソニアはちゃんと看てるのかなって心配しながら、水汲んできたよって洞窟の中に入ったんだ

 

117:
だけどさ、洞窟の中に明かりが点いてないんだ。もう外は暗くて、洞窟の中も真っ暗なのに、明かりが点いてないんだよ。
 
最初はおかしいなって思ったんだ。だけど、ソニア疲れて寝ちゃったのかって。ちゃんと看病しなきゃ駄目じゃないかって。
ソニアちゃんと看ててって言ったでしょって言いながら、スイッチを押したんだ。

だけど、明かりが点かないんだ。何回押しても点かないんだ。俺さ、民兵の人たちと過ごしている間、前のように本当に危険な目に合う事が殆どなかったんだ。
ソニアを守るって、だからどんな時でも俺はソニアから離れちゃ駄目だし、どんな時でも警戒して、気をつけてなきゃいけないんだ。
でも、馬鹿な俺はその大切なことも忘れて平和ぼけしてさ、それを怠ったんだ。 

信じたくなかった。ただ電球が切れただけだと思いたかった。

 

118:
確かめるのが怖かった。誤解であってくれって、神様どうか誤解であってくださいって 祈ったんだ。
 
だけど、洞窟の奥に進んでいくに連れて、真っ暗で何も見えなくても、嗅いだ覚えのある臭いがするんだ。
錯覚だって。これは錯覚だって。気のせいだって。
でも、うめき声とかも微かに聞こえてきて、何かが焼ける臭いもしてきてさ、
気づいたら両手に抱えていた水の入れ物を落としていた。

ソニアの名前を何度も呼んだんだ。ソニアソニアどこにいるのって。隠れないで出てきてよって。
だけどソニア全然出てこないし返事しないんだ。


どれくらい探してたのかわからない。もう時間の感覚とかもよくわからなくなっていた。
気づいたら、洞窟の奥まで来ててさ。壁に手を付きながら探していたら、小さな体に触れたんだ。

すぐにわかった。夜になると、いつも一緒にくっ付きながら寝てたんだ。すぐにソニアだってわかった。

 

119:
息もしていて、ソニアは生きていたんだ。
良かった。何が起きたかわからないけど、ソニアは生きてる。
良かったって。ソニア大丈夫?って声をかけたら、小さい声でうん。って言ったんだ。

離れてごめんねって。ソニアを追いて水汲みにいってごめんって言いながら、ソニアを抱き寄せたんだ。

そしたら、手に生暖かい液体がついてさ、最初は何かわからなかった。でも臭いを嗅いだら、血ってすぐにわかったんだ。
慌ててソニア怪我してるの?ソニア大丈夫なの!?って聞いたんだ。
ソニアはまた小さな声で、うん。って言ったんだ。
 
俺は急いで傷の手当しなくちゃって思って、洞窟の中は暗くてよく見えないから、ソニアを背負って外に出ることにしたんだ。
ソニアの体がいつもより軽く感じて、そしてソニアの体から垂れる血のピチャ、ピチャ、って音が、洞窟の中で響いていたんだ。
 
不安になった。だけど、ソニアは返事をしているし、ちょっとした怪我なんだって、ちょっとした怪我だって、悪いことを考えないように必死に自分に言い聞かせたんだ。

 

120:
洞窟の外に出た時は、もう外も真っ暗で、月が綺麗に輝いていたんだ。
俺はソニアを草の上に下ろしたんだ。最初は見間違いかと思った。だけど、何回目をこすってもさ、ソニアのお腹から血が一杯出てるんだ。

頭の中で理解できないような色んな感情とかが渦巻いてきたんだ。
だけど、血を止めなきゃって。俺は上着を全部脱いで、ソニアの上着を捲ってさ、血を止めようとしたんだ。
 
そしたら、ソニアのお腹に大きな穴が何個も空いてて、そこから沢山の血が流れてたんだ。
俺ってば、分厚いコート着ててさ、背負ってるのに、こんなに血が出てるのに気づかなくて・・・

シャツでソニアのお腹を抑えたんだけど、全然血が止まらなくて、どうしようどうしよう、誰か来てよって泣きながらソニア大丈夫だよ大丈夫だよって何度も叫んだんだ。

でも血が止まらないんだ。
そしたら、ソニアが血を口から垂らしながら、うん。だいじょうぶ。って言ってさ。しゃべっちゃ駄目って言ってるのに、小さな声で喋り続けるんだよ。
月が綺麗だねって。どうして祐希泣いてるのって。

 

121:
ソニアを心配させちゃ駄目だって思って、泣いてないよ。だから喋らないでって言ったんだ。
だけどソニアはそれでも話すのをやめなくて、声を出すたびに血が溢れてくるんだ。
混乱してて、慌てて、怖くて、正確には覚えてないんだ。
だけど、ソニアは昔の話をしだしてさ。

特別な日覚えてる?って。俺すぐには思い出せなくて、何?って言ったんだ。
そしたら、祐希にお友達になってくれたお礼をした日って言うんだ。
俺は覚えてるよ。忘れるわけないじゃんって泣きながら答えたんだ。
そしたら、ソニアはちょっと笑いながら良かったって言って、
あの時も綺麗な月だったねって。

俺はうまく言葉が出せなくて、うん、うん、って相槌しか打てなかったんだ。
それでもソニアは喋り続けて、ずっと一緒にいれなくてごめんねって言うんだ。


ソニアはわかっていたんだ。自分が大怪我して、もう助からないってわかってたんだ。
もう俺は何て言葉を返したらいいかわからなかった

 

122:
ソニアは、もうお腹押さえなくていいって、その代わり手を握ってって言うんだ。
もうソニアは手に力が入らないみたいで、俺の手を握り返せないんだ。

手を握ってさ、目の前にいるのに、ソニアが言うんだ。
祐希、ちゃんと手にぎってる?そこにいる?って。

俺はちゃんと握ってるよ。隣にいるよって答えたんだ。

そしたら、そっか。良かったって言ってさ、ごめんね、ありがとうって小さな声で言った後、何も喋らなくなったんだ。


息はまだしてたんだ。もし医者がいれば、医者じゃなくても大人が居ればソニアは助かるかもしれないんだ。
でも、俺は何も出来ないんだよ。大切な子がソニア以外いなくなったり死んじゃったりして、もうソニアしかいないのに。たった一人の大切な人なのに何も出来ないんだよ。

ソニアの息が少しずつ弱くなって、体が冷たくなっているのに、横でただ泣きながら見ているしか出来ないんだよ。

 

123:
俺は目の前で起きた現実を受け入れることが出来なかった。
やらなければいけない事は沢山あったんだ。洞窟の中にはまだ生きている民兵の人がいたんだ。

でも俺はソニアの傍から離れる事が出来なかった。

この日まで、沢山の人に助けられて生き延びてきた。沢山の人の、仲間の友達の犠牲の上で、生きてきたんだ。
なのに、何もお返しも出来ずに、逃げてばかりで、まだ生きている民兵の人だけでも助けなきゃいけないのに、その人たちに助けられて、今まで面倒をみてきてもらっていたのに、頭で理解してても何も行動できないんだ。

 

124:
気づいたら朝になっていて、洞窟の中でまだ息のあった人たちも、皆亡くなっていた。
もう心が耐えられなかった。情けない自分が、同じ過ちを何度も繰り返す自分が許せなかった。

でも、外に出ていた民兵の人は誰も帰ってこなくて、もう全てが終わった事に気づいた。
本当はとっくに気づいていたけど、もう現実を受け入れるほど俺の心は強くなかったんだ。

 

125:
それから、少しして、俺は皆の遺体を埋めることにしたんだ。
スコップとかがないから、木の棒でひたすら彫り続けて、全員の遺体を埋めるには数日かかった。

俺ムスリムじゃないからさ、お墓に何をすればいいかわからなかったんだ。
だから、棒を立てて、咲いていた花を移して植えるぐらいしかできなかった。


ボシュニャチの民兵の人に、辛くても生き抜けって言われたけど、もうそんな気力もなかった。
もう全てを失って、希望だとか光も何もないんだ。

その場で死のうと思って、銃を探したんだけど、銃が全部なくなってるんだ。
少量もとっくに尽き果てていて、飲まず食わずでいた俺は、もう疲れて眠くなっちゃってさ、そのままソニアを埋めた場所の前で寝たんだ。

 

126:
目を覚ましたら、夢の中みたいで、どこかの家のベットに寝てたんだ。
おかしいな、これは夢なのかなってそれとも今までのが夢なのかなって思ってたんだ。
そしたら部屋の中に中年ぐらいの女の人が入ってきてさ、何か俺にいいながら、水とか食べ物をくれたんだ。


それから少しして、これが夢じゃないってわかってさ。
俺は山で倒れていた所を、スルツキの民兵に保護されて、そこから結構離れた民兵の暮らす集落に連れて来られていたんだ。

もう死にたいって思ってた俺はさ、スルツキの民兵がソニア達を撃ったんだろって、絶対に許さないって暴れたんだ。
でも、この家の奥さんや、民兵の旦那さんは悲しそうな顔しながら、自分たちはしていないって言ってさ、俺が暴れてるのに抱きしめてくるんだ。

 

127:
それから何日も、部屋にもって来てくれたご飯とかも食べないで、ずっと篭っていてさ、そうだ、ここから逃げればいいんだって思ったんだ。 
それで夜になるのを待って、窓から外に飛び出して、辺りを見渡したら、十何キロ先かわからないけど、前いた山っぽいのが見えたんだ。

俺はソニア達の所に戻らなきゃって、あそこに戻らなきゃって思って、山に向かったんだ。
途中で、道がわからなくなったりして、何とか洞窟についた時には3日以上経っていたと思う。


その後、2日くらいまた洞窟で一人過ごしていたんだ。

そしたらさ、集落の民兵の人が来たんだ。
気づいた時にはもう洞窟の入り口の所まで来ていて、逃げ場はなかった。
ああ、俺も撃たれるんだな、良かったってほっとしたんだ。

だけど、彼らは俺を撃たないんだ。撃たないどころか、一人で何してるって怒るんだよ。
意味がわからないんだよ。お前らスルツキは子どもでも女の人でも殺して、子どもに乱暴だってするだろって。俺の事も同じようにしろって泣きながら叫んだんだ。

 

128:
だけど、彼らはただ無言のまま俺を担いでさ、洞窟から連れ出そうとするんだよ。
嫌だ嫌だって言っても離してくれなくて、バックがバックがだから離しせって
言っても離してくれなくてさ。
バックはどれだって言うから、答えたら、俺が預かるとかいってさ、俺の事を下ろさないまま山を下ったんだ。

疲れていたのもあって、俺は途中で寝ちゃってさ、起きたらもう集落のすぐ近くまで来てたんだ。


その後、また同じ家に連れて行かれて、家に入ったら、あの二人が怒りながら俺の事をビンタしたんだ。
それから俺の事、この前よりも強く抱きしめてきて、また暴れようとしたんだけど、力が強くて暴れられなかった。


それから知ったことなんだけど、この集落の人たちは元々民兵じゃなかったんだ。
ボシュニャチの民兵に襲われて、村の女の人や男の人、子どもも何人か殺されたり連れ去られたりして、それで武装してたんだ。
 
俺を世話してくれた夫婦にはさ、俺よりちょっと年上ぐらいの子どもがいたんだ。
だけど、彼は襲われた時にボシュニャチの民兵の人に頃されてしまっていてさ…。
その時、漠然と皆が苦しんでるっていう感じだったものがさ、スルツキの人も苦しんでいるんだ、被害にあってるんだ、皆が辛いんだって確信に変わったんだ。

 

129:
多分だけど、俺がお世話になっていたボシュニャチの民兵の人達なんだ。
この集落を襲ったのはさ。そして同じような事を他の集落でもやっていたんだ。

中には、本当に悪い奴もいて、虐サツや暴行、レ〇プをしている人間もいるんだ。
それは否定しようがない事実なんだ。
そしてスルツキが今回の紛争で大勢のボシュニャチの人々を頃してたり、暴行したり、レ〇プしたのも事実なんだ。だけど、彼らもまた、同じような被害にあってるんだ。

自分達を守る為に、家族を守る為に、お互いにお互いを頃しあってるんだ。
望んでいるのは、形は異なっていても、同じ 平和に暮らす ってことなのにさ。


でも、昔に起きた虐殺や戦争の禍根が未だに残っていて、それがお互いの理解とかそういうのを邪魔するんだ。積もりに積もったものが、阻むんだ。

 

130:
今までの歴史が、彼らに人を頃させるんだ。やらなきゃ、やられるって思わせるんだ。


それから俺は、彼らと1年ちょっと生活した。
スルツキの人を憎む気持ちは薄れることはないんだ。
だけど、彼らにも彼らの事情があって、それを俺は否定出来ないんだよ。
否定する事が出来ないんだ。少なくとも、全員が望んで人を頃しているわけじゃないんだ。
罪悪感とかそういうのと戦いながら、それでも頃さなきゃいけないって、それで相手を頃している人たちもいたんだ。

 
彼らと暮らして半年ぐらい経った頃だったと思う。
アメリカを始めとするNATOが、スルツキの勢力下の地域に爆撃を始めたって聞いた。

 

131:
そして彼らと暮らして大体1年2ヶ月ほど経って、1994年の12月になったんだ。
1月から停戦になるから、祐希はサラエヴォへ行って、そこから国に帰りなさいって言われたんだ。

でも、俺はもう嫌だった。というより、これから先、全てを背負って生きていく自信がなかったんだ。


集落を出発する朝、俺を世話してくれた夫婦とか、民兵の人が集まってくれたんだ。
だけど、俺はもう無理だって、もう死にたいって思ってさ、頼んだんだ。
頼むから俺を殺してって。痛くても我慢するから、殺してって。大切な友達達も皆いなくなってしまったのに、生きていても辛いって言ったんだよ。

 

132:
そしたら、周りの兵士たちもお世話をしてくれた二人も悲しそうな、少し困ったような顔したんだ。そしてお互いに見つめあいながら、何かを早口でいってさ、俺を取り囲んだんだ。


俺はソニア達に、もうすぐそっちに行くよって、心の中で呟いたんだ。

 

133:
やっと終われるって思ったんだ。

だけどさ、彼らは俺に何かをするわけでもなく、歌を歌いだしたんだ。

何が起きたかわからなかった。違う国の言葉だし、意味もわからなかったんだ。

意味を知ったのは、日本に帰って数年してからっだ。

 

135:
青々とした木々、そして真っ赤に咲くバラが見える
僕と君のために、咲き誇っているよ
僕は自分に語りかけるんだ、「なんて素晴らしい世界なんだろう」って。

青い空、そして真っ白な雲が見えるよ
光り輝く日が訪れ、夜がやってくる
僕は自分に語りかけるんだ、「なんて素晴らしい世界なんだろう」って。

美しい虹が、大空に架かっている
道を行き交うみんなの顔も輝かせているよ
人々は「元気かい?」と手を振りながら握手をしているよ
皆心の中で「愛しているよ」と言っているんだ

赤ちゃんの鳴き声を聞き、その成長を見守るんだ
この子たちは皆、僕が知らない世界も目にしていくんだろう
そして僕は思うんだ、「なんて素晴らしい世界だろう」って。

そう、僕は思うんだ。「なんて素晴らしい世界だろう」って。

 

136:
その後、1995年1月から4ヶ月の停戦が結ばれ、俺は首都で再会した父と共に、
オーストリアに向かい、後に日本に帰ってきた。
結局、この一連のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が終結するのは、俺達がこの国から脱出した10ヶ月後の事だった。

1995年7月、安全地帯となっていたスレブレニツァが包囲され占領されたんだ。
多くのボシュニャチが処刑、強姦、拷問され、生き残った中から一部の女性は
解放されたけれど、男性は殆どが順次処刑されていった。

頃されたのは、大人、子ども、男女、老若女男問わず虐サツされたんだ。
犠牲者は、8000人を超えていて、未だに身元がわからない人も多く居る。
もし、サラエヴォから脱出できなければ、僕らはそこにいたかもしれない。

 

138:
補足

主人公たちがこの物語で辿った道のりを現在の地図と照らし合わせると、現在のスルプスカ共和国の範囲内にあることが分かる。
主人公たちは戦乱から逃避しようとしたものの、結果的にはセルビア人による民族浄化の最前線から逃れられなかったのである。

それどころか、中盤でサニャが地雷を踏んで爆死したフォーチャで、彼らは国際戦犯法廷で「ジェノサイド」と認定された「フォチャの虐殺」と呼ばれる非セルビア人に対する大量殺戮に出くわしている。
こうした彼らの足取りについて知っておくことで、この物語への理解はさらに深まるだろう

 

139:
投稿者後日談について

最後に投稿してから20日近く経過したので、そろそろ書こうと思います。

まず、始めに結論から話します。俺が書いた内容は「フィクション」です。
それについては、今から書きますので、少々お待ちください。
ここで読むのをお止めいただくのも、皆様の自由ですが、最後まで読んでいただければ幸いです。

→彼によれば、オーストリアで知り合った、日本人の母とボスニア人の父を持つ友人から聞いた体験談を、彼なりの編集によってあのような文章に仕立て上げたとのことである。


フィクションであるのは次の点である

・主人公が日本人男子であるということ

・村の人が主人公を取り囲んで、ルイ・アームストロング『この素晴らしき世界』を歌うシーン

 

140:
そのためこのコピペはほぼノンフィクションである。
多少オーバーな表現はあっても、旧ユーゴスラビア内戦の一部を伝えたものであろう。

懐かしいコピペであるが、かなりインパクトが強いのと、投稿者が亡くなったことを受けて再掲したものである。

 

141:
お付き合いいただき、ありがとうございました。

初回投稿者の祐希氏に代わりまして御礼申し上げます。

 

引用元::http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1559224697/



コメント

  1. 1
    日本の母親:

    すごいものを読んでしまった
    只のオカルト、恐い話を暇潰しに見に来ただけなのに
    最後まで読んでしまった
    日本は平和で毎日を流れるままに過ごしているけどこうした経験をしている子供、母親、父親、様々な人が世界中にいることも心の奥にとどめておく。
    執筆なさったかた、掲載してくださった、皆さんに敬意と感謝を。

  2. 2
    名無しのオカルター:

    メジャーなまとめサイトとかに掲載されたら、即“ウソ松”って貼られるだろうな。
    読み手がそれを決めて、読み手が心のままに感じとればいいだけなんだけどね。

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