人に言えない職業だった親父の葬式に行ってきた。今思えば俺の人生、生まれた時から狂ってた…

人生 0件
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1:
誰か興味あるかな?
スレ立て初めてなんでお手柔らかに・・・

主 30歳男。昨日親父の葬式があって色々思い出に浸ってたら、寝れなくなったので思い切って2ちゃんにスレ立てしてみました。

 

2:
淡々と書きますか笑笑
身バレ防止の為フィクション挟むけど悪しからず


まず、俺の人生どこから狂ったかと言うと生まれた時からだと思う。
俺は親父のフリン相手が身籠ってしまった子供だった。
親父にはもともと内縁の関係の妻(今の俺の育ての母)がいて、その間には子供はいなかったもののお互いの連れ子(今の俺の兄貴達)と一緒に暮らしてた。

親父の職業はというとヤがつく団体の幹部で、表向きというか居酒屋の店長やってた。
んで、組の若い人らとか、訳ありで働き口のない人達を従業員として働かせてた。


俺の生みの親は、その訳ありな従業員の1人。 親父とフリンして俺を身籠った。あんまり俺を身籠った時の話は聞かないんだけど、結果として親父は俺の生みの母親と入籍した。
んじゃ、内縁の方は?というと、結果としてそのまま。 訳わかんないと思うけど、ここら辺からもう狂ってるんだよね。
要約すると、俺が生まれた時には親父と母親が2人と腹違いの兄弟、血の繋がってない兄弟って感じの家族構成。親父の一夫多妻生活みたいな感じ。
もうすで狂ってるのがお分かりになると思う。

 

3:
俺が生まれた時には母親が2人いた。割と3~4歳までの記憶が今でも残ってて俺は母親が2人いるのが当たり前だと思ってた。
便宜上、生みの親をママ、育ての母を母ちゃんと呼ぶ事にする。(実際こうやって呼び分けてたらしい)

フリン相手の子供だからって母ちゃんや、母ちゃん側の兄弟からいじめられたりなんてことは全くなくて、むしろ精一杯の愛情をもらったと思う。今思えばよく母ちゃんは俺を育てたなと思う。
この一夫多妻生活を耐えきれなかったのはママの方だった。

ある日、ママは俺を連れて家を出た。この時の記憶は曖昧だが、後に母ちゃんが言うには親父含め組の人達で大捜索して1週間かけて見つけだしたらしい。
まぁ子供連れて逃げる妻に親父は大激怒して、ママは離婚という名の追放をくらった。
この後ママとは誕生日とかにちょくちょく会ってはいたのだが、小学校中学年くらいから会うこともなくなってしまった。今どこで何してるのかもわからない。生きてるかどーかすら怪しい。

 

9:
俺の幼少期はこんなもんですかね。


そのうち俺は親父側のばあちゃんの家に預けられた。今思えば、俺がばあちゃんちに預けられたのも何となく察せる。
ばあちゃんちから保育園に通い、小学校卒業するまでばあちゃんでお世話になった。ある意味本当の育ての母はばあちゃんだったかもしれない。

親父とは月に1回会うか会わないか。
たまにリムジンで小学校に迎えに来たり、小学校の運動会とかのイベントごとに来たり来なかったり。夏休みは会同に連れられて、美味しいカニを食べたり。小学校での親父との思い出は数は少ないけどすごくいい思い出だった気がする。
滅多に会えない親父だったので、当時の俺からしたら親父に会うのが楽しみで仕方なくて、ちょっとアウトローな親父の姿がかっこよくて正直憧れてた。

ちなみに、親父は芸能人の竹内 力そっくり。

 

10:
一方母ちゃんは、ちょくちょく俺に会いに来てくれて、仕事の合間にお菓子とかたくさん買ってきてくれた。学校行事には必ず母ちゃんがきてくれて、親父は来ない時の方が多かったが寂しくは全然なかった。この頃には母ちゃんと血が繋がってないことなんて、すでに忘れていた。

ちなみに母ちゃんは演歌歌手の石川さゆりそっくり

 

11:
小学生の頃までは普通に楽しかったと思う。
けど、あちらの世界の父親を持つと裏社会みたいなものを目の当たりにしてしまう訳で、俺は小学生としてはかなり歪んでしまったと思う。

例えば、まずうちの男家族はみんな刺青持ち。親父の兄弟やうちの兄貴たち。特に親父の弟なんて、首の下から足首まで全部刺青が入ってる。
親父の家には違法武器も普通に置いてあって、ゴロツキみたいな人達が住み込みで4~5人はいたと思う。このゴロツキの兄ちゃん達もたまに変わるから、週末泊まりに行って全然知らない人がいてビックリするなんて当たり前だった。
後は、昼に知らないおじさんが親父の机の前で土下座して懇願してる姿とかも見た事あったな。

1番ショッキングだったのは、指落としてるとこ見たことあるってことかな。指落とすってか指を縦に割るらしい。 指切るとそういう職の人て思われちゃうし、指はあった方がいいって昔聞いた。けど、縦に割っちゃうと関節くっついて第1、2関節曲がらなくなるんだって。

まぁこの様なことが割と日常茶飯事でした。

 

12:
そんな感じで俺の小学生時代は特に問題もなく終わるんだが、知らないは俺だけで実は裏ではもっと色んな事件があってうちの家族崩壊が近づいてた。
薄々その事に気付き始めたのは中学校入学してから。

中学校が親父の家から近いということから、中学生になってからばあちゃんの家を出て親父の家で暮らすことになった。
正直俺として、ばあちゃんの家でもよかったのだが、親父が何としても一緒に暮らしいたいとのことだったらしい。
親父の家は日本家屋の二階建てで、ばあちゃんちと間取りはほぼ変わらないのだが、離れにある部屋を俺の部屋にしてくれるというので親父の家から中学校に通うことを決めた。

一緒に暮らし始めてもほぼ親父と過ごす時間は小学生の頃と変わらなかった。土日の昼に顔合わせるくらい。平日は朝起きたら部屋で寝てるし、夕方帰ってきたら、家にはいないし。


そのかわり母ちゃんと過ごす時間は一気に増えた。すると、今までは俺に見せることのなかった、苦労の一端がチラホラ見えるようになってしまった。
いつも笑顔で元気な母ちゃんだったから、すごく違和感があったのを覚えている。

 

13:
最初の事件は、とある平日の深夜

俺は離れにある自分の部屋で寝ていたのだが、とてつもない怒鳴り声と物音で目が覚めた。
恐る恐る家の様子を見に行くと、血だらけで暴れまくってる親父を住み込みの兄ちゃん達2~3人がなんとか抑えようとしている姿が見えた。
親父が向かおうとしている先には顔に青あざを作って親父を睨んでる母ちゃんの姿が見えた。

夫婦喧嘩じたいは今まで何回もしてるとこ見てるし珍しくはなかったが、ここまで激しいのは見たこと無くて、咄嗟に俺は止めなきゃと思って子供出る幕じゃないなと思いながらも止めに入った。

俺がやめて!と叫びながら入るとみんな驚いた様子で親父も暴れるのをやめた。
すると住み込みの兄ちゃんの1人が「おやじ。坊も見とるけん。やめましょ。俺からもお願いします。車出しますけん」
そう言って、親父とその兄ちゃんは車に乗ってどこか行ってしまった。

とりあえず俺は母ちゃんの怪我が心配で急いで氷を持ってきて、冷やしてあげる事にした。他の住み込みの兄ちゃん達は、割れたガラスとか皿とかの片付けをしてくれて、俺は母ちゃん連れてリビングのソファーで氷を当ててあげた。

母ちゃんは俺にずっと「ごめんね。私がしっかりしてないから」と謝っていた。
その理由は全く分からなくて、結局夫婦喧嘩のきっかけが何かもわからないままだった。

ただ1つわかったことは、暴れまくってた親父の顔がまるで人間ではない、今まで見たことない形相だったってことだった。

14:
その事件から1週間くらい親父は家に帰って来なかった。
次帰ってきた時は、親父も母ちゃんも普通な感じですっかり元どおりになってた。


この頃から親父は居酒屋の経営を部下?に預けて本人は昼職をするようになった。
なんの仕事かは知らない。おそらく非合法に近い職だとは思う。家に大量の携帯電話が置いてあったり、パスポートらしきものも複数机の上に置いてあったり。

まぁ昼職になったおかげで、夕食は必ず親父と母ちゃんと一緒に食べることになった。俺からしたら一緒にテレビみながら、ご飯食べて団欒するのなんて初めてに近いことだったのですごく嬉しかったの覚えている。


しかし、一緒に過ごす時間が増えるのに比例して親父から怒られることもふえてきた。しかも、暴力付きで。
最初はビンタされたり、頭を叩かれるくらいでまぁ自分でも悪いことした自覚があるゆえに別に何とも思ってはなかった。
けど、それが日に日にエスカレートしていった。


ある日、部活で疲れて帰ってきてただいまも言わずに、そのまま部屋にカバンを置きに行ったことがあった。それからリビングに向かうと親父はものすごい形相でこちらを睨んでいた。

俺は驚き、何か悪いことしてないか考えながら恐る恐る親父にただいまと声をかけた。すると親父は「今頃、ただいまってあるかぁ!」って急に怒鳴り始め、俺の胸倉を掴み思いっきりぶん殴った。
俺は突然の出来事に理解が追いつかなくて、とりあえず謝るしかなかった。その後もどのくらい殴られたか覚えてないけど、買い物に行ってた母ちゃんが帰ってくるまで、止まることはなかったと思う。

俺が殴られてる姿を見た母ちゃんは俺と親父の間に割って入り、親父に向かって「なんてことするの!」みたいなことを言ったと思う。
すると親父は黙って玄関へと歩きだし、靴を履いて車に乗ってどこかへ行ってしまった。

親父が出ていった後、鏡で自分の顔みたらバクダン岩みたいになってて、左目なんて血が溜まって目が見えなかった。
すぐさま病院に行きたかったのだが、このまま病院に行くと病院から警察に通報が行く可能性があったので、それは困ると思い、左目のまぶたのところをカッターで切って血を出して、氷で冷やしながら寝た。

 

15:
予想よりもヤバい話しで草も生えん

 

19:
>>15
当時はそれが普通やと思ってたんやけどなぁ。

 

16:
訳ありな人たちを雇ったりイッチと一緒に暮らしたかったり…
ほのぼの展開かと思ったら予想の斜め上というね(震え声

 

20:
>>16
普段はそんな感じやったんよ?
みんな家族みたいで俺はすごく好きだった。
年末とか俺の誕生日会は総勢30人越えのパーティやったな笑

 

24:
居酒屋の夜シフトだからイッチとなかなか会えなかったんだな
実はそれが適度な距離感だったなんて残念としかいえない…

 

26:
>>24
そうですね。
本当残念です。

けど、本当にいい親父だったんです。親父を狂わせた正体は後ほど分かると思います。
親父と一緒に酒?める日があったらなぁなんて今でも思います。

 

23:
えっと続き

当然、青あざだらけの顔で学校なんかいったら、すぐ担任に呼ばれて事情を話す羽目になった。

この狂いまくった俺の人生だけど、唯一救われたのが親父以外の周りの人間に恵まれたことだ。母ちゃんもそうだし、兄貴達や友達。この担任の先生も。

担任の先生にはちょくちょく親父の相談していて、今回の件もすぐ相談にのってくれた。俺としては大きい話にしたくなくて、担任の先生も学校側には上手く言ってくれて単なる怪我ってことで済んだ。
早く警察呼べって思う人もいるかと思うが、俺を含め家族全員そんな考えは頭をよぎる事すらなかった。
なんでかと言うと親父の持ってる良き父親姿を知っているから。きっとこの親父の暴走は突発的な災害みたいなもので、本当の姿じゃないと信じているから。


それともう一つは

親父の本当に恐ろしい姿も知っているから。

親父は小、中学校ろくに通いもせずに、卒業と同時に家を出て数年後にヤのつく団体のいいポストについて大金を持って帰ってきたらしい。
もともとうちは貧乏でじいちゃん(親父のお父さん)も早くに死んでしまって、家族を楽にする為には、一刻も早く金が必要だったらしい。
当時親父がそれを実現可能に出来るのはヤしかないと思いなったんだと。生まれつき体格も良くて喧嘩も負け知らずな親父だからこその発想かもしれんが。

そのおかげで、俺が小さい頃は金銭的に苦労した事はなかった。
けど、その親父の選択は今となっては間違いだったとしか言えない。

 

25:
俺の中学校時代は親父に暴力振るわれて死ぬ思いしたこと以外は、割と充実してたと思う。
俺と同じく、父親がヤの同級生とかもいてそいつは今でも俺の親友。
部活も同じでよく遊んでた。
俺はバスケ部で、地元はそこそこの田舎だったんだけど県で1番になったことあったりで結構強かった。

そんなこんなで、親父とは色々あって親父に対する考え方が俺の中で少しずつ変わってきた。

そんな中、進学を考える次期に入った俺はとりあえず家を出ることを真っ先に考えた。理由は、親父とのこの関係も近くにいるからそう感じるだけで昔みたいに距離を置けば何とかなるんじゃないかと考えたからだ。
しかし、それを親父に伝えるとそもそも親父の中で高校に進学という選択肢がなかったらしく高校に行きたいなら自分で稼いで自分で行けとのことだった。

兄貴達も高校は自力で行ったけど、結局は途中で中退したりしてる。

自慢とかではないんだけど、俺は結構勉強が出来て中学校の時もほとんどテスト1番とかでいろんな高校の推薦とかもらってたんだ。
けど、奨学金なんていっても結局自分で返さなきゃいけないし、親の支援も望めない俺は、とある県にある給料をもらいながら高校と同等の教育を受けれて卒業後はその会社に入社出来る高校に進学を決めた。
これは担任の先生の勧めでもあった。
担任の先生と出会ってなかったら今の俺はきっとないんだろうなと今でも感謝してもしきれない。

 

27:
いざ、受験を迎え割と毎年高い倍率なんだが何とか受かることが出来た。
俺が受かった時は、親父を含める家族全員と住み込みの兄ちゃん達と盛大にお祝いをしてくれたのを覚えている。
田舎中学校の中で他県のすごい倍率をくぐり抜けた生徒ってことで、学校全体でも俺を祝ってくれるムードだった。


そして、中学校の卒業式を迎え、親父も俺のことが鼻に高かったのか、住み込みの兄ちゃん達も連れて珍しく卒業式に参加した。
当然母ちゃん達も参加したのだが、他の父兄の方々とは一風変わったゴリゴリの和装で卒業式に来てて俺としてはめっちゃやめてくれって感じだった。
ゴリゴリの和装で竹内 力似の親父が率いるゴロツキ集団が他の父兄と混じって体育館の椅子に座ってる姿がすごく滑稽だった。

 

28:
卒業式も終わり、3月下旬。高校に行くため家を離れる時期だった。
同級生の中のよい友達や親友がお別れ会を開いてくれたり、お世話になった近所の方々の挨拶回りやらで結構忙しかった。

高校まで、飛行機で行けば一瞬で着くのだが、親父が最後くらい思い出作るかって言い出して、親父と母ちゃんと俺の3人で1週間かけて車で行くことになった。


出発の日
兄貴達が見送りに来てくれた。
特に仲のよかった俺の一個上の姉ちゃんなんて涙と鼻水が一緒になるくらいまで泣いてた。甥や姪達も俺からしたら弟、妹みたいなもので、多分向こうも俺のことを、兄の様に慕ってくれてみんな俺に抱きついて泣くもんだから、俺も涙を堪えることは出来なかった。

俺は昔から泣き虫で、俺が泣く度に親父には「男が泣くな。みっともない。」って泣き止むまで怒られたけどこの日ばかりは何も言わず黙っててくれた。
本当は地元の高校が良かったけど、将来の自分の為、親父と良好な関係を保つ為には必要なことだと我慢して新しい高校生活への期待と不安を胸に抱いて、俺は車に乗り込んだ。

 

30:
今22歳の男なんだけど、俺も家柄に闇があって人生どん底に居る 親とか祖父母とか曾祖父の過ちのツケを払わされてる感じ >>1みたいに30になる頃には産まれてきてよかったって思えてるといいなぁ

 

33:
>>30
家族のツケを払うキツさはよく分かります。
すごく苦労してるんですね。。。
だけど人生のどん底知ったら後は登るだけなので!
これは俺の母ちゃんの言葉です。

俺はこの言葉を胸に今まで生きてきました。
30の人生がこれから明るくなるのを祈ってます!

 

36:
いざ高校生活がスタートすると寮生活で上下関係も厳しく、同級生とぶつかることも多かったが、本当充実したものになった。
今でも高校の同級生はかけがえのない宝

ちなみにどんな学校かというと、とある企業の整備員を育成するって学校で高校の授業もやりつつ、技術者の教育をメインにやってた。
今持ってる資格のほとんども高校の時に取得したもの。


家族との関係、特に親父とはすごくいい関係だったと思う。
たまに電話すると叱咤激励され、俺の将来を本当に楽しみにしているのが感じ取れた。俺はその期待に応える為に一生懸命頑張った。

夏休みとかの長期休みは実家に帰ることが出来て、俺が帰ってくる日は家族総出でお帰り会ということで近くのお店を貸し切って、みんなで食事したりした。
俺の中学校の同級生とかも来てくれたりですごくにぎやかだったのを覚えている。

あと高校時代は初めての彼女が出来て童貞卒業したり、工業系でほぼ男子だけだから、そういう下世話な話やくだらない話で盛り上がって、寮生活だから同世代の兄弟がたくさん出来た感じですごく楽しかった。

 

37:
そんなこんなであっという間に卒業を迎え、親父達も卒業式に参加してくれた。
一応、勉強頑張ったおかげで最後は生徒会長をやらせてもらえて卒業生代表挨拶なんかもやった。
壇上で、保護者席を見渡すと、感極まって涙腺崩壊してる母ちゃんとその横で誇らしげな顔してる親父の顔をみて、俺はつい、顔がニヤついてしまった。

卒業式後は、保護者と一緒に実家に帰って次の就職に向けて準備する期間がある。
今回は飛行機で親子3人で帰ったのだが、空港で卒業おめでとうっていう横断幕をもった兄貴達を見てすごく恥ずかしくなった。


俺の就職先は、東京支部の整備工場で当初は社員寮に入ることになってた。高校の荷物も卒業前にそこに送ってある。
このまま俺は、東京で就職して結婚でもして幸せな人生を送るんだろうなってどこか心の中で思ってた。


しかし、そんな人生甘くないってことをこの後思い知らされる。 また、彼女との出会いがなかったら俺は今頃どうなっているんだろうと考えると、背筋が凍ってしまいそうになる。

 

39:
いよいよ話は核心へとせまるんだが、核心へとせまる上で、欠かせない人物との話を書きたいと思う。
それは先程も書いた彼女である。高畑ミツキ似の彼女なのでミツキと呼ぶことにする。
ミツキがいたから俺はこの狂った人生まともに生きられたんだと思う。


ミツキと出会ったのは、就職して1年目の夏。職場の同僚に言わば合コンに誘われたのがきっかけ。

高校時代付き合ってた彼女とは、遠距離という理由で、就職してすぐくらいに別れた。
それから、知り合いもいなく当然彼女もいなかった俺からしてみれば、願ったり叶ったりの話で即答した。
その同僚とは入社同期で年は2つ上だが、部屋も隣って事で自然と仲の良い友達になった。

合コンは、3対3で行われる予定で男は俺と同僚とあともう1人同僚と同じ部署の同世代の人。
その人と俺は直接的には関わりはないのだが、何度か飲みの席が一緒とかで、顔なじみではあった。
女の子の方は、1人は同僚の知り合いらしく残りの2人はその知り合いのお友達。
事前情報によると、みんな看護師で美人とのこと。俄然やる気が出てくる。

男組は美人を相手にするってことで、0次会である程度テンションを上げて行った。
先に予約してた、ちょっとお洒落な居酒屋で男3人でそわそわしながら待ってると、同僚の知り合いの女の子1人ともう1人の女の子がきた。

 

40:
第1印象は2人とも普通に美人。多分0次会がなかったら結構緊張してたかもしれない。

すると、もう1人の女の子は遅れてくるってことで先に5人で始めることにした。
俺達のテンションを上げて来たのが功を奏したのか、開始5分ですでに打ち解け合っていた。お酒のスピードも上がっていく。

30分くらいして、遅れていた女の子が到着した。それがミツキだった。
和やかなムードの中、ミツキを迎え入れ再び乾杯する流れになったのだが、俺だけはなんかボーッとしてた。
何というか、ミツキを一目見た瞬間に俺はこの人と結婚するんだ、そんな感覚に襲われて要は一目惚れってやつかな。他の人の話があんまり頭に入ってこなかった。

顔はもちろん可愛いくて、纏ってる雰囲気ってのが聖母マリアかって感じだった。

 

41:
再び、今度は6人で乾杯をした。
乾杯を、終えると軽いミツキの自己紹介があった。

ミツキは俺と同い年って事をこの時知った。
そして、ミツキと話してるうちに、ミツキの言葉の端々に出る訛りがうちの地元の訛りに似ていることに気づいた。

俺「ミツキちゃんってもしかして、九州出身だったりする?」
ミ「えっ、わかります?標準語心掛けてるんですけどね笑」
俺「俺も九州出身なんだよ!〇〇ってわかる?すんごい田舎なんだけど笑」
ミ「えっ?嘘ですよね?私も〇〇出身なんですけど!」
俺「えっ?まじで?俺〇〇中だよ?」
ミ「うそー!?私隣の〇〇中だよ!えっちょっと待って、俺くんてあのバスケ部の俺くん?」
俺「そーそー!なんで知ってんのー?」
ミ「あの界隈で俺くん知らない人なんていないよー笑けど、俺くんってもっと怖い人かと思ってた笑」

こんな感じで実は隣の中学校の同級生ってことが発覚。地元を出て、地元の人に会うなんてこんなことあるんだと思いつつ、俺とミツキの距離が縮まるのはもはや当然だった。

 

61:
結果として、俺とミツキは付き合うことになった。
しかしながらミツキの家庭の事情で付き合ってすぐに実家の近くで働くことになってしまった。遠距離恋愛は辛いものもあったが、今ではいい思い出。


ミツキと付き合い始めて、半年くらいだったかな。
我が家が決定的に崩壊するする出来事があった。
俺はいつもごとく仕事でクタクタになって自室のベッドでくつろいでるところだった。
すると、母ちゃん側の兄貴から電話が掛かってきた。兄貴からの久しぶりの連絡で俺は驚きつつも1番仲の良かった兄貴だったので電話出た時の俺の声はワントーン高かったと思う。

俺「おー!久しぶり!どうしたの?」
兄「おー。久しぶり。あのな、俺。冷静に聞いてくれな。」

兄の声はいつもと同じようで同じではなかった。冷静にと言いながらも、兄貴自身が自分の冷静さを、保つのに精一杯な感じがした。

兄「親父が覚せい剤で捕まった。」

俺はそれを聞いた瞬間に、どこから出てくるのかわからないくらい涙が出てきた。俺は嗚咽をこぼしながらも兄貴の話を必死に聞いた。
兄貴の声の傍らで母ちゃんのすすり泣く声が聞こえて、今まで聞いたこともない、母ちゃんの鳴き声がより一層、リアルを感じさせられ、余計に涙が止まらなかった。

事の経緯を聞くと、親父が薬をやって母ちゃんに暴力を振るって死を感じた母ちゃんがかろうじて、その場から逃げ出し警察に通報したのが始まりとのこと。
その後警察に事情聴取を受けた親父からは違法薬物反応が。更には家宅捜査の結果、親父の机の中から覚せい剤とその吸引機が発見。違法薬物の所持と使用により逮捕された。

 

63:
親父が覚せい剤で捕まるなんて思ってもみなかった。
親父は確かにヤだったが、薬と筋の通ってないことだけは絶対にしない漢の中の漢だと俺は思ってた。俺は親父の「筋を通すのが極道。薬に手を出すのが外道」って言葉が本当にカッコいいと思ってた。

なのに。俺は実の父親に裏切られた。
その気持ちに俺は身も心も支配されてしまった。


俺は職場に事情を説明し、しばらく実家に帰ることにした。
空港の手荷物検査場の向こうで、俺を待つ母ちゃんは今にも泣きそうになかおをしていてその顔が今でも忘れられない。

とりあえず、実家に帰り家族全員で家族会議もとい、情報を共有することになった。そこで、俺は驚愕の事実を知ることになる。


まず1つは、親父は俺が生まれる前後に薬に手を出していたということ。それも俺のママとは別な女と薬をしてたんだとか。
俺が生まれた後に、親父が薬をしてることに母ちゃんが気付き大喧嘩した挙句に親父は金輪際薬をしないことを約束したんだとか。

そして、2つ目。親父は約束したにもかかわらず、母ちゃんにも隠れて薬をしてたらしい。恐らく、親父が情緒不安定な時は薬をしていたんだと思う。
しばらく家に帰ってこない時があったのは、きっと薬を抜くための期間だったんだと思う。

そして、3つ目。多額の借金を抱えていたこと。
母ちゃんにも隠れて薬をしていたものだから、親父は隠れて借金してまで薬をやっていたのだ。消費者金融からや知人から。
挙句の果てには、勝手に母ちゃんや母ちゃん側の兄貴名義で金を借りていたのだ。その総額は全部で1000万円とちょっと。

その他にも、家族の中でのひどい差別の話や薬をやって起こした事件の話など色んな話を聞かされた。俺以外の家族はそれとなく知ってたらしい。

けど、母ちゃんは俺が1人立ちするまでは何とか穏便に済まそうと頑張ってくれていた。今回母ちゃんが警察に通報したのも俺が就職し一人で立ちしたのもあって、我慢が出来なかったらしい。
それを聞いて俺の心の中は、親父への憎悪と母ちゃんへの感謝を通り越した念が入り混じっていた。

 

65:
母ちゃんもいわば、姉さん、だろ
さすがにおまわりの手を借りちゃうのは禁じ手では?
ヤってこういうの、上部幹部と内々で解決するもんだが。

 

71:
>>65
ちょっと説明するのが難しいのですが
まず、親父は実はカタギになっていたのです。いつなったとか詳しくはわかりませんが。
ヤと言っても実際はテレビや映画で見るほどガチガチではなくもっとフランクな感じです。昔、組長さんにあったことがありますが豪邸に住む気の良いおじさんみたいなものでした。

ここからは推測ですが、恐らく薬に手を出したのがバレて親父は組を追い出されたのではないでしょうか?
母ちゃんもそこら辺の事を総合的に考えて、警察を頼ったのではないかと。実際に親父が捕まったことで組の方々には迷惑はかけてないと思います。

うちにいた舎弟の兄ちゃん達は俺が東京に就職してからは姿も見なくなり、連絡もとっていないので今どうしてるかは知りません。迷惑をかけてしまったのはその舎弟の兄ちゃん達だと思います。

回答になってますでしょうか?

 

67:
シノギ自体は儲けてたの?

 

73:
>>67
居酒屋の経営は上手く行ってたみたいですね。
でも、謎の多い人だったので何でどんな収入があったかどうかは家族みんなわからないです。その都度必要なお金を家に入れる感じだったので。
しかし、多額の借金があったことからある時期からすでに破産していたんだと思います。

 

70:
幼少期からのオヤジの描写が足りないね。
1がオヤジをいくら避けていたとしても、もう少しオヤジの性格を現すエピがいくつかほしい

 

76:
>>70
そうですね。
それについても書きたいと思います。
稚拙な文章で申し訳ない限りです^^;

 

77:
70さんにも言われた通り、親父の人物像があまり浮かんでこないと思うので、ここで親父のエピソードを書きたいと思います。


俺が幼い頃の親父は、みんなの輪の中心にいるような人がだった。家族集まるのが好きで夏は庭でバーベキューしたり、年末はみんなで鍋したり。
普段は寡黙で多くを語らない親父だったがみんな集まって酒が入ると昔の武勇伝とかを面白可笑しく話してくれて食卓は賑わっていた。
俺はそんな親父の話が好きで、親父がすごくかっこよく見えた。

そして、親父は本当に家族思いな人だった。
厳しいところも多々あったが、家族が本当に困ったら手段を問わず家族を助けてくれるような人だった。

例えば、兄貴が組抜けする時なんかそうだった。
兄貴は親父とは別の組に入っててある日鉄砲玉をやらされたんだとか。結局失敗して、そのまま兄貴は傷害で刑務所へ。
当時の親父と兄貴は半分勘当状態だったらしく、親父はそもそも自分の子供がヤになるは大反対でそれを押し切って1番上の兄貴はヤになってしまったのでそうなったらしい。

それでもって、傷害で捕まってしまい親父は再び大激怒した。

しかし、親父が兄貴の面会に行ったときに兄貴が泣きながら自分のやったことを後悔し親父に謝ったんだとか。そして足を洗いたい助けてくれと。
親父はそれを受け入れ、兄貴が釈放された日に兄貴と一緒にその組に乗り込んだらしい。
それから、親父は組長の前で兄貴の小指を切り落としその小指を組長に叩きつけて二度と関わんじゃねぇぞとすごんで帰ってきたらしい。

それからは、親父と兄貴の親子関係は修復し兄貴も抜けた組からそれ以上の落とし前もなく今では真面目に働いている。
兄貴はそれから親父には絶対に頭が上がらなくなった。

その行動力もそうだし、度胸、兄貴の為に最善を尽くした親父は本当にカッコいいし頼りになる父親だなと思った。

 

78:
兄貴のエピソード書いてて1番上の兄貴の子供、要は甥と遊んでた時のことを思い出した。甥とは兄弟よりも年が近く、弟みたいなものだった。
兄貴もよく甥をばあちゃんの家に預けていて、俺と甥で遊ぶことが多かった。


ある日、俺と甥は近所の広場(イメージはドラえもんに出てくる空き地)で野球ごっこをしていた。というのも、本当にバットとボールを使っていた訳ではなく木の棒をバットがわりにして石を投げて遊んでいたのだ。
甥がピッチャーで俺がバッター、甥が近くにあった、平べったい石をブーメランみたいなに投げてきた。
思ったよりいい投球ならぬ投石で甥の投げた石は俺の頭上を越え広場の隣にある家のガラスにあったってしまい、割れてしまった。

俺は速攻で甥を連れてその家に謝りに行った。
幸いなことに、ドラえもんのかみなりさんみたいな人だはなく子供のやった事だからと許してもらえた。

しかし、ばあちゃんや兄貴、親父が許してくれる訳ではなかった。家に帰って事情を説明するとばあちゃんにめっちゃくちゃに怒られ、それから程なくして親父と兄貴が家に来た。
親父の前で正座しながら事情を説明し、怒られる準備をしていた。兄貴は甥の方を叱っていた。
すると親父が

父「んで、結局ガラスを割ったのはどっちだ」
俺「甥です。」

その瞬間に親父の鋭いビンタが炸裂

父「なんでお前は甥を庇わんとや。直接ガラス割ったのは甥かもしれんが、一緒に遊んどるんやけん甥よりもお兄ちゃんのおまえが割ったのと変わらん。そこで自分が割ったって言えんお前の性根が気に食わん。」

俺はその時、そこで怒られるとは思ってなかった。俺としては正直に話したつもりだったのだが、でも確かにその通りだなと俺は思った。

父「いいか。嘘ってのはこういう時に使うんやぞ。自分より弱いものを守るため為に使うのが嘘じゃ。」

俺はこの時、嘘の大切さを学んだ。自分の為じゃなく人の為の。
この親父の教えは大人になった今でも大切にしてる。

 

79:
父「いいか。嘘ってのはこういう時に使うんやぞ。自分より弱いものを守るため為に使うのが嘘じゃ。」

かっこよすぎ

 

80:
書いてるうちに色々思い出してきた。

やっぱ親父は頼りになるなーって事があった。

それは俺が中二の時の事だ。
中学生くらいになると悪そうな奴ってモテるしヤの親父に憧れてたのもあって、同じくヤを父親持つ親友とヤンキーみたいなことしてた。
髪の毛染めてみたり、チャンプロードで短ラン買ってみたり、タバコ吸ったり酒飲んだり、深夜徘徊してみたりなど。
しかしながら、俺らは可愛らしいヤンキーだったと思う。別に喧嘩したり、授業妨害等はしてないし、先生とぶつかったりとかもあんまりなかった。髪の毛染めたら、次の日先生に染め直ししてもらって、制服変えたら体操服に着替えさせられたり、そんなもんだった。
流石に、タバコと酒はバレない様に必死だったが。


そんな日々の中、とある事件が発生した。

それは夏休み、部活の練習が終わった後のことだった。俺らが部室から出てくると俺の近所に住んでる同級生が1人でポツンと立っていた。その同級生はなよなよしてて気が弱いやつだが友達思いの優しい奴で仲良かった。
同級生は俺らに気付くとすっと近づき、今にも泣きそうな顔で

同「実はさぁ、この間隣中のやつにお金取られた。嫌だって言ったんだけど、何人もいて怖くて。俺悔しくて。恥ずかしくて親にも言えなくて。」

同級生は泣き出し、その後は嗚咽がひどくて聞き取れなかった。
同級生を落ち着かせ詳しい話を聞くと同級生は吹奏楽部で隣中に合同練習に行ってたんだと。そして合同練習後、親の迎えを学校近くのコンビニで待ってたところ隣中のヤンキーに絡まれてカツアゲされたらしい。
ついでに、うちの中学校の悪口をありったけ吐かれたらしい。

それを聞いた俺らは変なヤンキープライドと正義感が込み上げてきて、取られた金を取り返そうって事になった。

 

81:
でも確証はないので、同級生を連れて行き最終的に顔で判断してもらう手はずになった。


決行当日、同級生と俺と親友と同じバスケ部の血の気の多いやつ計11人くらいで隣中付近を探索することにした。
最初にファミレス。大体ヤンキーはファミレスでたむろしてる。予想は的中。1発で犯人を発見出来た。早速ファミレスに乗り込み、同級生に近くで顔を確認してもらう。
主犯格とその他モブ。合計6人。同級生をカツアゲしたメンバー全員が揃っていた。

犯人が確定したところで、人気のないところに誘導する。主犯格の奴は同級生の顔見た瞬間に何の事か察した風で、素直についてきた。
同級生の件について、確認すると主犯格の奴は飄々としらを切る。他モブは倍近くいる俺らにビビって黙って下向いていた。
しびれを切らしたのは親友。親友は割と手が早い。主犯格の胸ぐらを掴み、はっ倒した。
主犯格は俺じゃねぇって言ってんだろとかなんとか言いながら、親友に殴りかかった。それを皮切りに6対11人の乱闘。まぁ数も多い俺らが勝つのは当然でものの数分で決着はついた。

最後主犯格に、金を返すように言ったが同級生が主犯格もろともボコボコにされてるの見てスカッとしたからお金はいいって言い出したのでそこで終わった。

前置きが長くなってしまったが、親父の出番はこの後

 

82:
その事件から3日か4日後くらいかな。

いつものごとく、部活に励んでいると生徒指導の先生から俺と親友が呼び出された。

先「お前ら、隣中の主犯格とその親父さんが来てるぞ。お前らなんかしたのか?正直に話してくれ。」

俺と親友はことの経緯を全て話した。

先「そうか。わかった。先生はお前らを信じる。生徒指導室にいるから堂々としていけ!」

思いの他すんなり信じてくれて、本当いい先生だなと思った。


生徒指導室に入ると下を向いて俯いてる主犯格とその横にはスーツを着たいかにもサラリーマンみたいな主犯格の父親が物凄く機嫌の悪そうな顔で座っていた。
先生に促され、俺と親友も席につくと主犯格の父親が

主父「先日うち息子とその友人を大人数で一方的に暴力を振るったそうだね。挙句にカツアゲまでして、立派な犯罪だよ。君たちわかってる?」

俺が反論しようとするとそれを遮るように先生がさっき俺らから聞いた事の経緯を説明し出した。

先「それに一方的な暴力ではなかった事を彼らの顔の傷みて頂けたら分かると思いますが。」

俺らよりか先生の方が怒ってるように思えた。

主父「なんですか?それじゃうちの息子が嘘ついてると?あいにくですが、うちの息子や、その友人に人からカツアゲしなければならない様な金銭的に困ってる者はいません。それが教師の態度ですか?自分の学校の生徒が可愛いのも分かりますが・・・以下略。」

俺も親友もマヌケなくらいに息子の嘘信じこんでる父親に腹が立ってしょうがなかった。先生も相当怒ってたとは思うが立場的にもそんなに強く言えずにやきもきしてる感じがだった。


そんな口論が繰り広げられる中、廊下から聞き覚えのある笑い声が2つ近づいてきた。その笑い声を聞いた途端、さっきまで渋い顔をしていた先生が急に笑顔になり、少しだけすみませんねと言い生徒指導室の扉を開け、廊下の笑い声をこちらに呼び込む。
廊下から現れたのは、俺の親父と、親友の親父さん。ダブル「ヤ」の登場である。出で立ちからして明らかにヤな俺らの親父の姿を見てさっきまで饒舌だった主犯格の父親は黙り込んでしまった。

俺と親友はこの勝負の勝利を確信した。

 

83:
先生が主犯格とその父親が学校に尋ねてきた時にすでに、親父達に学校に来るように連絡していたらしい。指導室に入ってきた親父達に、先生は今の状況を分かりやすく端的に伝えてくれた。
その内容は主犯格の父親にも聞こえていたはずだが、口をはさむ事無く先ほどは威圧的に俺らを睨んでたものの、その時はじっと机を見つめていた。
親父は割と優しい感じで、俺の隣に用意された椅子に腰掛け主犯格に尋ねた。

俺父「主犯格くん、何があったのか教えてくれんね」
主父「だから、先ほども説明があったように・・・」
俺父「あんたには聞いてないったい。俺は主犯格に聞きよるや」

先ほどとは打って変わって、ドスの聞いた声で凄まれて主犯格の父親は小さくなってしまった。親父は再度、優しい感じで主犯格に尋ねるが主犯格は下を向いたまま何も答えなかった。

すると、親父は大きな溜め息をついていつものトーンで俺と親友に同じ質問を投げかけた。俺と親友はことのきっかけから全て話した。

俺父「そうか。うちの息子と親友はこう言っとるが、主犯格はどーなんね。自分の口で言わんとなんも分からん。」


主犯格はようやく口を開き半ば泣きながらさっきの嘘の供述をし始めた。

俺父「これはどっちが嘘やろね。あいにくうちの息子も親友もその友達も人様から金を取るようなもんはおらん。それが本当ならもうお金が絡んどる話やけん、このまま警察いきましょか?本当にカツアゲされとるなら主犯格の財布にも息子の指紋がついとるやろうけん。財布には触ってなかろうな?」

俺と親友はうん、と即答。

 

84:
俺父「なら、警察行こか。よかよね?主犯格くん」
主父「何も、そこまでしなくても・・・」
俺父「だけん、あんたに聞いてないっちゃが。警察行こうか主犯格くん」

すると、主犯格が泣き出し嘘をついてたことを告白。流石に本職に凄まれ、警察にまで行くと言われれば告白せざるおえないと思う。洗いざらい話した後の主父の蒼白顔は今でも忘れない。

結局俺の同級生からカツアゲしたお金もその場で先生に返還され、主父はもう平謝りするしかなく、主犯格とその父親は逃げる様に生徒指導室を出ていった。
生徒指導室のドアが閉まると同時くらいに、廊下にいる主犯格達に聞こえる様に親父が笑いながら言った一言

喧嘩売る相手は選ばんとな

まじで頼りになる親父だなって思った。

 

86:
これでだいぶ親父像が分かるようになってもらえたでしょうか?

 

99:
それでは、本編の続きを書きたいと思います。

 

100:
親父が捕まってから俺は姉貴に連れられ面会に行った。
ドラマとかでしか見たことない面会室に、内心どきどきしながらも親父が来るのを待った。
面会室に通され、しばらくすると円状に穴の空いたガラスの壁の向こうのドアから親父が現れた。
親父の姿自体はさそど変わってはいなかったが、中身が全然違うのがわかった。何となくだがいつもの鋭い眼光は衰え、俺の方を見てる様で見てなかった。

親父がガラス越しに椅子に腰掛け、話掛けてきた。

父「いいか。よく聞け〇〇。まずは今日中に母ちゃんに被害届けを取り下げるように言ってくれ。それだけでも罪は軽くなる」

一言目がそれだった。
俺は言葉や文章なんかには表せない感情が一気に込み上げてきて、今俺の目の前にいる親父が俺が幼い頃から憧れた親父ではないことを悟った。昔から泣き虫だった俺だがこの時は何故か涙もでなかった。

俺「うるせぇ。。。」
父「は?」

気づけば勝手に口が開いていた。

俺「うるせぇって言ったんだよ。面会にきた息子に言う一言目がそれかよ。何で薬なんかやったんだよ。」
父「違う、俺はやってない。母ちゃんに盛られたんだ!」
俺「でも、昔からやってたんだよな?それに担当刑事さんには、自分でやったってゲロってるよな?親父の机の中から出てきた、薬と吸引器と注射器は?鍵は親父が常に持ち歩いてたよな?」

面会に来る前に担当の刑事さんから親父が捕まった時の話と親父か何て供述してるのかも俺は事前に聞いていた。親父は俺の言及に対し色々言い訳してたが、支離滅裂すぎて正直何を言ってるか分からなかった。

俺「それに、借金のことは?いつからこんな借金あったの?なんで家族に黙って借金したの?何使ったの?」
父「家族は養うには必要だったんだ!しょうがないだろ!」
父「それに、お前は知ってるか?母ちゃんは浮気もしてたんだぞ?」
俺「それは初耳だけど、仮に母ちゃんが浮気してたとしても、親父もしてたよね?親父が隠し持ってた2台目の携帯も確認させてもらったよ。」
父「何で人の携帯見るんかー!!」
俺「うるせぇ、大声あげるんじゃねぇ!!」

俺が親父に向かって怒鳴ることなってなかったので、親父はびっくりした顔でこちらを見ていた。

 

101:
親父は薬のせいで、とっくに壊れていた。
母ちゃんの浮気は幻覚でしかない。昔から母ちゃんとの喧嘩はそれが理由だったらしい。薬をしては母ちゃんが浮気する幻覚をみて喧嘩になってらしい。
親父が言う母ちゃんが浮気している証拠というのも、下着を買ったからとか、長電話してたからとかそんなもん。証拠でもなんでもない。

そして浮気相手の名前も住所もわかってると言うので、一応聞いて確認したところ中学校時代の親父の友人だった。しかし、その友人はとうの昔に県外に引っ越していてその住所にはすでに別の人が住んでいた。
母ちゃん曰く、親父はその友人に対して何かしらのコンプレックスがあったのではないかと。親父ですら、こいつには絶対勝てないみたいな何かが。


あっと言う間に時間は過ぎて行き、看守の人がそれも申し訳なさそうに面会時間終わりですと言ってきた。
俺は最後に1つだけいいですかと少しだけ時間をもらった。

俺「なぁ親父。今でも母ちゃんのこと愛してる?」
父「あぁもちろんだ。お前が生まれる前から連れ添った大切な人だ。」

それを聞いて俺は余計に悲しくなってしまった。

俺「じゃあ、何で母ちゃんに薬盛られたとか浮気した話を俺に言うんだよ。嘘はこういう時に使うんだろ?」

親父は黙って下を向いたままだった。

俺「親父、悪いことはいずれバレるって言ってたよな。」

俺はそれだけ言って退室しようとした。すると親父は

父「頼むから被害届けだけは下げてくれ!」

俺はこの瞬間に無になった。俺の言葉は何1つ親父に届いてなかったんだと。


俺は何も返さず、部屋から出て行った。
親父は最後出て行く俺の背中に向かって、元気でなとだけ言った。


これが、親父と直接話す最後になった。

 

102:
その日家に帰り再び家族会議が行われた。
主は借金の返済について。
お金は全て親父が管理していたのだが我が家の貯金は驚く事に10万もなかった。母ちゃんのへそくりが100万とちょっとあったがそれだけでは全然足りない。
しかも、借金のほとんどは母ちゃんと母ちゃん側の兄弟名義で借りている為実質は母ちゃん達の借金って事になる。

それにつけ込んで、親父側の兄弟が残った借金は名義人が返すことにしようと言ってきた。これで親父側の兄弟が返す分は親父が個人から借りたお金のみ。残りの闇金とかから借りてきたお金は全部母ちゃん側。
これが決定的に母ちゃん側と親父側が分裂した瞬間だと思う。


結局母ちゃん側は親父の戸籍も入ってないので、法律上赤の他人である。だから母ちゃん側の借金は親父側からしたら支払い義務もないから、親父の家の物を売って母ちゃん側の借金返済に当てようとかもしない。むしろ自分達の返済しか考えてなかった。
母ちゃん側も親父側と一切関わりを持ちたくないので、その条件を飲まざるおえないのだが、俺は憤りを感じ猛烈に反対した。
そこで俺は親父側とは対立してしまい、親父側とは縁を切る事を決めた。

しかし、血筋的には俺は親父側になるので親父側の借金の返済の頭数にちゃっかり入れられてしまった。それにも頭にきてしまって親父側の借金全て俺が支払う事にした。その総額200万。
その代わり、今日以降に発覚した借金とかその他諸々に関しては一切俺は関与しないことを条件にした。

 

103:
それからもうバタバタだった。

母ちゃん側は親父から身を隠す為に、県外に引っ越すことになりそれだけで母ちゃんのヘソクリは底をつきそうになった。
母ちゃん側の兄弟達は親父の素行が原因で離婚したり、職を変えなければならないかったりで俺が知らないところで苦労をしておりお金もなかった為、俺自身が肩代わりした借金を返しつつ仕送りもしていた。

親父の裁判もあり、俺は行けなかったのだが
母ちゃんから聞いた話によると全てのことを認め執行猶予5年の判決を受け外に出てくることになった。

俺は東京で親父が出てきたのを知りつつ、借金返済の為一生懸命働いた。それはもう遊ぶ暇もないくらいに。
職場の上司とか仲の良い同僚は俺の事情を知っており、よく飯を奢ってくれたり、本当は駄目な副業とかも目を瞑ってくれていた。

そういう仲間の助けもあり、そして、1番支えになってくれたのはミツキだった。
親父が捕まって地元に帰った時に少ししか時間はなかったがミツキにあって直接話をした。ついでに、この時初めてミツキの両親とおばぁちゃんにも挨拶することになった。ついでだったのがすごく申し訳なかった。
挨拶もそこそこにして、ミツキだけには事情を説明したのだがミツキは特に驚きもせず大変だったねぇと俺の為に涙を流してくれた。それが嬉しくて俺もつい泣いてしまったのを覚えている。

東京に戻った後も、ミツキも仕事で大変なのに毎日電話してくれて俺が金が無いのを知ってて誕生日プレゼントや記念日のプレゼントを用意出来なくても文句1つ言わず むしろ東京まで実家で取れた野菜とかお米をもって遊びに来てくれたりなど献身的に支えてくれた。

 

104:
そんなある日
親父から電話がかかってきた。

俺はこの時、少しばかり期待してた。
俺が絶縁したのは、親父側家族に絶望したのが9割で残りの1割くらいで息子の俺が絶縁すれば親父も改心してくれるのではないかと。兄弟も俺が一生懸命頑張ったら考えを変えてくれるかもしれないと思っていたからだ。
そんな淡い期待を持ちながら親父の電話に出た。

父「おう、久しぶり元気か。」
俺「なんか用?仕事中だから忙しいんだけど」
父「今度いつ帰ってくるんだ?帰ってからゆっくり話そう。」
俺「悪いけど、そのつもりはない。俺はもうあんたら家族とはいっさい関わりを、もたないから。絶縁するから」

俺は強気で言った。きっと、俺が悪かった。だから話しをさせてくれって言ってくれると思ってた。

父「は?お前は誰に口聞きよるんや!誰が今まで育てたと思ってる!絶縁したかったら50万今すぐに振り込め!」

と言ってきた。俺の淡い期待は水泡の如く消えてなくなった。俺はもう本当に無理なんだとこの時感じて、もう一切の希望を持つのはやめる事にした。
それに50万って俺の価値はそんなもんなんだ、親父からしたらと思うと無性に悲しくなった。


それから親父はありったけの罵詈雑言を俺に投げつけ、終いには

父「こうなったらお前の彼女んち行って暴れてやるからな?俺が知らんとでも思っとるんか?笑 暴れて欲しくなかったら、50万すぐに振り込めよ。じゃーな。」

そう言って一方的に電話は切られた。

 

105:
冷や汗が背中を伝うのがわかった。
十中八九ブラフのなのは頭で分かってた。執行猶予期間中に事件起こせばすぐ様実刑になることは本人も分かってるはず。でも薬でおかしくなってるからやりかねない。
実際親父は過去に、母ちゃんの実家や親戚の家で大暴れして警察沙汰になってる。それが原因で母ちゃんは実家からほぼ勘当状態なのだが。
そういう前科もあるため、気が気ではなくなり親父と口論したのをものすごく後悔した。すぐさま、地元の担当刑事さんに電話し事情を説明した。

刑「わかりました。安心してください。すぐに彼女さん宅と親父さんの家の周辺パトロールさせますんで!」

刑事さんはすぐに対応してくれた。
定期的に刑事さんから親父の車が家にある事を連絡してくれた。本当こんなことで迷惑をかけてしまって、今でも申し訳なく思ってる。


刑事さんに連絡した後にミツキにも連絡した。
そして、ミツキのご両親にも事情を説明すると同時にうちの親父の事についても説明した。今後隠してお付き合いは出来ないだろうし、こんな形で迷惑をかけて隠すのは人間としてどうかと思ったからだ。

正直拒絶されると思ったがお父さんは

ミ父「〇〇くん、大変だったねぇ。辛かったねぇ。もう大丈夫だから。親父さん来てもお父さん空手強いから安心して!正直に話してくれてありがとう。これからもミツキをよろしく頼むよ。」

と言ってくれた。

俺はもう涙が我慢出来なくなった。やっぱ親子だなぁと思いつつ感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。大の男がしゃくりあげて泣き始めてもお父さんはずっと大丈夫。安心して。となだめてくれた。
ようやく気持ちも落ち着いて、お礼を言って電話を切った。

 

106:
結局親父がミツキの家に近寄ることもなかった。所詮ブラフだったのだ。
刑事さんはその後1週間くらいパトロールしてくれて毎日電話してくれた。本当に感謝しかない。


それからというもの、借金返済しながらも少しずつだが貯金が出来る様になって来た。母ちゃんも次の職場が見つかり安定して暮らすことが出来る様になった。母ちゃん側の兄弟もだいぶ安定するようになった。


親父の事件があって4年、ミツキと付き合い始めて5年が経とうとしていた。
ミツキがリフレッシュ休暇で東京に遊びに来ていた。ちょうど記念日だったのでミツキへのプレゼントを買いに行く事にした。
本当はサプライズとかで用意出来れば良かったのだが、そういうのには疎くてミツキに選んでもらった方が確実だなと思いミツキと一緒にジェエリー店に行った。
色んな物があってよく分からなかったが、ミツキは1つ1つアクセサリーを見てはすごーいってはしゃいでた。ミツキもすごく嬉しそうで俺も嬉しかった。

気づいたらミツキは、ブライダルコーナーで結婚指輪を眺めてた。
付き合って5年。そりゃ結婚も考える時期だよなと思いながら、しかしまだ親父の借金は残ってるし、婚約指輪もあげてないし、結婚式も出来ないし結婚はまだ先だなと思ってた。

 

107:
するとミツキがこの指輪つけてみたいと言い出し、店員さんが出してくれてミツキはとてもシンプルであまりお高くない指輪をつけ始めた。
ミツキはもっとキラキラしたが好きだと思ってたんだが。

ミ「ほら!俺くん!これ私にピッタリ!俺くんもこれつけたら?」

俺はミツキに言われるがまま、ミツキがつけた指輪とペアの指輪をつけた。初めて指輪なんてつけたから、すごく違和感はあったがサイズ的にはピッタリっぽい。

ミ「俺くんにもピッタリだねぇ!私決めた!これにしたい!」
俺「ん?これ結婚指輪なんだが?」
ミ「ん?もう付き合って5年だよ?そろそろ結婚しようよ。私もう遠距離我慢できない!」
俺「いやいや!俺だってまだ、親父の借金あるし貯金だって・・・」
ミ「んで、結婚式とか出来ないからって言うんでしょ?結婚すれば私も一緒に借金返せるし、一緒に貯金出来るし一石二鳥でしょ?それとも私と結婚するのいや?」
俺「いや!そんなことは絶対にないけど!むしろ結婚したいけど!でも、何て言うかプロポーズとかも何もしてないし、本当にミツキを幸せにしてあげれるかなんて自信はまだないよ。」
ミ「私はもう幸せだよ。だからこの指輪でプロポーズして欲しい。」

俺はここで折れてしまい、結婚指輪を購入。サイズ調整の必要は無く指輪の内側の刻印等は後日持ってきてしてもらうことにして、その日お持ち帰りした。
しかもミツキの指輪は俺が購入して、俺の指輪はミツキが買ってくれた。

その後家に帰り、俺は買ったばかりの指輪を持ってプロポーズした。
プレゼントを買うだけの予定が大幅に狂ってプロポーズするなんて思ってもいなくてすでにレールの敷かれたプロポーズをするのは非常に気恥ずかしかった。

 

108:
それから先はとんとん拍子で話が進んだ。


親父の件があってから、休暇で帰るときはミツキの実家でお世話になってたのでミツキ家族にはすごく可愛がられていた。結婚の話の為スーツで帰ったのだがものの数分で脱がされ、昼食をとりながら入籍日はいつにすんの?みたいな感じだった。
それでもって、俺は自分の姓を捨てたいのもあって婿に入りたいと伝えた。するとミツキ家族は大喜びだった。
ミツキは3人姉妹だった為、ミツキ姓を残したかったばあちゃんとかは特に涙流して喜んでくれた。
ちなみにミツキは長女で1番最初に結婚したのもミツキである。

ミツキが東京に引っ越しするというのも、特に問題なく話が進んだ。もともと東京で就職して、ミツキのお母さんの体調が悪く1年くらいで地元に戻ってきたのだが、お母さんもすでに回復していて実家を離れても問題なかった。

それから程なくして、ミツキが東京にやってきた。ミツキの次の就職先を探しながら今の部屋では狭いので新しい部屋も探した。
ミツキの仕事も決まり、新しい家にも決まり順風満帆に話は進んだ。


それからは時が経つのは早かった。
毎日が幸せで、共働きで家事は分担してやて金銭的にも余裕が出てきて1年前に借金全部返済する事が出来た。
借金払ってる間はやっぱり親父の影が頭の中にちらついて、たまに夢に出てきてうなされたりしてた時期があった。結婚してからはましになったのだが結婚する前なんか、親父の幻覚みたり声が聞こえたりでひどかった。
それを見兼ねてミツキが結婚に乗り出してくれたのもあると思う。ミツキがいなかったら今頃俺はどうなってるんだと思うとゾッとする。
多分首吊っててもおかしくないと思う。

 

109:
幸せな結婚生活を楽しんでるさなか、2018年のクリスマスイブ
親父が亡くなったと親父側の兄貴から連絡がきた。

親父側の兄貴達とは親父の事件以来しばらくは連絡取ることもなかったのだが最近になってちょくちょく連絡するようになってた。
兄貴達も最初はこの世に1人の親父だから俺たちが面倒見る的な感じだったがここ2年くらいでいよいよ愛想尽かしたのか、兄貴達も親父と距離を置くようになったらしい。
借金の件はもう何かどうでもよくなってたし、結局あの後また借金が発覚したりで兄貴達も苦労したらしい。

兄貴達からちょくちょく親父の近況は聞いていた。正直そろそろやばいかもなとは俺自身も思っていた。
親父は拘置所から出た後、家を売り払いそのお金で後から出てきた借金返済にあてばあちゃんと2人暮らしをしていた。あの家を売ったのだから結構いいお金になったと思うのだが、それでも兄貴達が数百万は払ったとのことだから結構借金残ってたんだなと思う。

そして、親父は生活保護を受けながら堕落した生活を送ってたらしい。
ばあちゃんから、年金とばあちゃんの生活保護の金を牛耳って毎日パチンコして夜は飲み屋でたらふく呑んでの繰り返しだったらしい。んでちょっと金足りなかったら、日雇いのバイトでもしてという感じだった。

俺は親父が生活保護受けてること自体が腹立たしかった。こんな生活させるために生活保護があるわけではないのに。


まぁそんな生活を繰り返していたら当然体も壊す訳で、3年前くらいに親父は肝硬変になった。まぁ兄貴達もあんまりお見舞いとか行ってなかったら詳しい状況はよく知らないらしい。
ミツキが看護師なので、話を聞くと腹水とかが溜まるらしく余命は長くても5年くらいかもねと話をしていた。

 

110:
12月に入って意識障害とかも起こってたらしく年は越せないかもねと兄貴と話をしていた。
あの親父の終わりが近いということを知り、不思議と頭をよぎるのは親父のとの楽しい思い出ばっかりだった。俺は親父が死ぬ前にもう一度話をすべきかどうか非常に迷ったままだった。

そして、24日親父は死んだ

兄貴から最後くらい顔見てやれよってことで俺は仕事を忌引きで休んで地元に帰る事にした。ミツキも仕事を休んでついて来てくれた。
イブの夜に飛行機に乗り、空港までミツキのお父さんが迎えに来てくれてその日はミツキの実家に泊まる事にした。

次の日、事前に言われていた葬儀場に向かうと兄貴達家族はすでに全員揃っていた。ミツキと親父側の兄弟が合うのはこれが初めてで少しぎこちなく感じた。
通夜の段取りとか受け付けとか上の兄貴達がほとんどやってくれて、俺とミツキは振る舞いの準備をしていた。というか俺とミツキは半分兄貴達の子供の面倒見役だった。


通夜が始まる前に親父の顔を見に行った。
遺影は確か俺が高校入学する前に車で旅行した時の写真だったと思う。親父の笑顔は息子の俺から見てもすごくハンサムだった。
ミツキも一緒にいてこの人が俺くんのお父さんなんだねとしみじみとした感じで呟いてた。

俺は棺桶の小窓を開けて親父の顔を見た。遺影に写ってるハンサムな親父ではなくそこには痩せ細った親父の顔があった。
直接顔を見るのは面会所以来だなぁと思いつつ同時に今日まであった出来事が一気に脳裏をよぎった。
気付いたら涙が止まらなくなってまだ小さい甥や姪達に心配された。

 

111:
通夜自体は淡々と進み、1時間くらいで終わったと思う。
その後参列してくれた方々を振る舞い、中には俺もお世話になった方もいて世間話に花が咲いたりしてた。しかし、参列された方の中に俺の顔見て険しい顔する人が何人もいた。その時は何故かはよくわからなかった。

すると、とある人に声をかけられた。それは親父の古くからの友人で、佐藤さんという方だった。何度かうちに遊びに来た事もあり面識はあった。

佐「俺くん、ちょっと話いいかい。親父さんとは仲直りしたのかい?」

佐藤さんはどうやら俺が絶縁したことを知っていたらしい。

俺「いえ、結局事件以来一度も会うことは出来ませんでした。」
佐「そうかぁ。あいつもあんなことなきゃ薬なんかには手はださんかったろうに。本当気の毒だよ。」
俺「何か知ってるんですか?」
佐「あいつは、俺にだけはいろいろ相談してくれてたんよ。実はね、親父さんは舎弟の1人に借金擦り付けられとるんよ。それもかなりの額を。」


そんな話初耳だった。
詳しい話を聞くと親父はその舎弟の連帯保証人になってたらしい。新しい商売するのにお金が必要で、融資を受けるには保証人がいるってなって親父はそれを引き受けたらしい。
しかし、その舎弟はお金を手に入れた途端に高飛びして親父にはその借金が丸々残った。かなりの額過ぎて家族にも相談出来なかったんじゃないかと佐藤さんは言う。
しかし、それは1人で抱え込むには辛くて佐藤さんに相談したんだとか。
しかもこの時に佐藤さんは親父に300万ほど貸してるらしい。けどそれは後に親父に返してもらったんだとか。

更に話を聞いて行くと、佐藤さんの推測だがここら辺から薬をしのぎにし始めたんじゃないかという。どうしてもお金が必要で大量に稼ぐためには薬しかなかったんだと思うとのこと。

 

112:
佐藤さんと親父は小学生時代からの付き合いで、中学卒業して広島に渡った時も実は佐藤さんも一緒にだったらしい。
性格上、佐藤さんはヤにならなかったが親父がなった後もしばらくは一緒に寿司屋で住み込みで働いてたらしい。

そんな佐藤さんだけには、旦那でもない、父親でもない、ヤの幹部でない素の親父の姿を見せていたのかも知れない。


そして佐藤さんは話を続ける。

佐「あいつは、昔は貧乏だったから金を稼がなきゃいけないっていう変なプレッシャーがずっとあったんだろうね。それでもって、信頼してた舎弟に裏切られて借金背負わされたんだから。きっと薬のシノギに手出して、家族にも隠してやってたからそれも余計にストレスでとうとう薬に手を出したんだろうな。そして申し訳なくも思ってる。おじさんがもっとあいつの力になってあげれてたら、薬なんか頼らなくよかったんだ。申し訳ない。あいつのプライドを尊重するあまり、見て見ぬ振りをしてしまった。」

佐藤さんは目に涙を溜めながら話してくれた。

佐「もっと早くに君たち家族に言うべきだったんだ。ほんとすまない。」
俺「何も佐藤さんに責任はないですよ。父のことを本当に思ってくれてありがとうございます。」


佐藤さんとはその後もいろいろ話をしたが時間も遅かった為、そこそこで解散した。
それから、次の日の告別式の段取りを兄貴達として通夜は終わった。

次の日も淡々と告別式は進んで行き何の問題もなく終わった。火葬とか骨上げとか色々あったが前日飲み過ぎたのもあってか頭がボーッとして何も考えずられなかった。
告別式も終わり、みんなお疲れムードだった。
久しぶりに家族も集まったことなので、夕食を食べる事にした。
食事中も昨日の佐藤さんの話のことばかり考えてて、結局俺は親父の何も知らなかった事に気付いた。

 

113:
そして、みんな早く帰りたかったのだろう。早々に解散した。
俺とミツキは実家に戻り早々と床についた。

体は疲れているのに、全然寝れる気配がなくて二ちゃんに、投稿し今に至るという感じ。

 

114:
色んなことを書き出してみたものの、結局自分の親父に対する気持ちが上手く整理できてないみたい。
今は東京の自宅に戻ってきて、年始休暇を満喫中です。まぁ7時から仕事なのですが思い出に浸ったらまた寝れない始末でした笑


長々と書いてしまいましたが、以上で事の顛末は終わりです。
気持ちの整理もつかないまま書き出してしまったので最後の方なんてぐだぐだでしたが、御容赦ください。。

質問等あれば受け付けます!
むしろ色んな方から質問頂いたほうが気持ちの整理が出来るのではないかと思いますので、質問等お願いいたします。。。

 

115:
あれ?もう終わり???娑婆のオヤジが1らを振り回す展開が延々続くかと思ったのに・・
薬で人格崩壊した話に収束しちゃったか。

でも薬の商売の方は摘発・起訴は逃れたってこと?執行猶予付いてるしな。

 

121:
>>115
まぁ実際はもっと振り回されたエピソードがあるんですが。

例えば親父のせいで地元の友人達が離れて行ってしまったりとか。
親父は執行猶予で出てきた後、親戚を始め俺の友人とか近所の人に
「今回捕まったのは、母ちゃんに薬を盛られたから。息子は母ちゃんに騙され離れていった。けど出来ればやり直したい。」
と吹聴したりで、それを信じてしまう人も中にはいて俺に電話かけてきて説教し始める奴とかもいて色々大変だったこともあります。

正直親父がどんな人間なのか俺もよくわかんないです。人格崩壊しちゃったのかそれとも元々そういう裏の顔が本性なのか。優しかった親父はただの演技だったのか。
でも優しかった親父が本当の親父の姿であることを俺は信じたいです。

おそらく起訴内容は薬物の所持と使用だと思います。結局母ちゃんは被害届け取り下げて、母ちゃんへの暴行は立件されてないです。
ちなみに母ちゃんはこの時の親父からの暴力で眼窩底骨折と耳の鼓膜が破れてます。

 

118:
オヤジも薬を扱うなら扱うで、自分では絶対に打たない、と実行できるクレバーさがなかったのは惜しいね。
継母が薬中の夫を警察に売り渡したのは、ちょっと残念。
ヤの女である覚悟がない。たとえ辛い目にあったのはわかるにしても。

 

125:
>>118
そうですね。どんな理由があれ薬に手を出すのだけは絶対に駄目だと親父自身わかってたはずなんですけどね。そこまで親父が追い詰められてるなんて息子なのに感じる事すら出来ませんでした。

母ちゃんは相当な覚悟があったと思いますよ。言わば、20年以上は共に寄り沿った人を警察に渡した訳ですから。
好きでもない人と20年以上も連れ添うわけないし、好きな人が隣で少しずつ薬で変わっていく姿を見ることしか出来ず、警察に突き出すという選択しかなかった母ちゃんの心中察すると胸が痛いです

 

123:
継母に対する過剰な暴力、猜疑心MAX状態は薬の症状。
中学時代はまだオヤジは薬をコントロールできてたからそっちのオヤジは本来の姿でしょ。
オヤジが言うことを聞く人間(先輩や組幹部や同期)の不在は痛い。

でも結局娑婆ではオヤジ、薬には2度と手をださなかったんでしょ?

 

129:
>>123
そうですよね。
やっぱり俺はこんなことがあっても親父が好きだったみたいです。

結局出てから薬やってたかやってないかはわからないです。
多分やってたと思います。
これは兄貴情報なのですが、ついこの前地元が震災に見舞われたんですが、その日親父は出かけて不在しており震災後3日ぐらい連絡がとれなかったんだとか。
普通そんな震災あったら、すぐ連絡取るはずですよね?なのに期間あいて連絡でその期間何してたとかも濁される。
んで兄貴曰く薬やって抜けるまでじっとしてたんだなという予想らしいです。

 

130:
あ、そうそう、大切なこと忘れてた。
生みの母を見つける気はないの?

 

132:
>>130
会えるなら会いたいなってぐらいですね。
おそらく生みの親も新しい家庭とか持ってるとも思うし、今更俺が探しても生みの親からしたらただの迷惑かもしれないとかって思うと無理に探さなくてもいいかなと。

そして、生みの親は実は外国の方でして今国内にいるかどうかも怪しいところなので笑

 

133:
今痛切にいいたいのは、オヤジのことを知る同年代の友人(EX:佐藤)とかに話を聞いて、正しいオヤジの人生、特にヤになった経緯とかを知っておくこと。
今30だろ。今の人生経験だと「もう必要ないじゃん」と結論づけちゃう。でも、1がもっと老いた時、その知識が「効いて」くるんだよ。

オヤジの友人が鬼籍に入らないうちにやっておいたほうがいい。
それをして初めてオヤジを許せると思う。

 

134:
>>133
書き出してても思ったのですが、133さんの言う通り親父の本当の人生を俺は知らない気がします。

きちんと調べたいと思います。
おそらくそうしないと今のこの胸の中のモヤモヤはなくならいですよね。

 

139:
結局、1の話だけの判断だが、

オヤジは薬で壊れた。 立ち直れない、辞められない、奇行は薬のせいだから。
それをだらしない性格、とオヤジを断罪しちゃうのは違うかな、と。

適切な時期にちゃんとオヤジを更生させてやれる人間の不在。(これには継母も、1も、すべての子供と組関係者、友人先輩筋が入るよ)が人生最大の「ミス」だね。
オヤジにとって。

 

140:
イッチのお父さんすごいよ
学校まで来てイッチを信じ居酒屋でワケあり従業員を雇い商売スタートのために連帯保証人にまでなってあげてる

お父さんを追い詰めたのはカネという魔物だけど世間だってイロイロ冷たい言葉を投げつけたんじゃないかな
カネも人脈もあるときはチヤホヤして利用価値なくなったらてのひらクルーは世間の法則だから
スレから伝わってくるのは何とかしてイッチやご家族との繋がりを取り戻そうという懸命な姿
借金を返せばメンツの問題うんぬんよりイッチやご家族が戻ってきてくれると信じてらっしゃったんじゃないかと

お父さんを知る旅が実を結びますようにイッチ

 

引用元::http://sweet.2ch.sc/test/read.cgi/laplace/1545835257/



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