【感動】祖母が亡くなったときの不思議な体験

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祖母の危篤を知らせる連絡があり、
通夜の準備のため私は自宅に残ることに。
居間の片づけをしていると、どこからか音が聞こえてきて───



怖くはないと思うけど不思議だった話。

数年前、祖母が82歳で他界した。
直前まで普通に暮らしていたのに、少し体調が悪くなったと思ったら悪性リンパ腫で、入院して2週間くらいの間にすっかり元気が無くなってしまい、もう元気な姿には戻れないのか…と家族みんなが悲しんでいた。

そして、その日は遂にやってきた。
夕食後、祖母が危篤だと病院から連絡が入ったのだ。
うちの地域ではお通夜を自宅でやるのが風習なので、祖母も一度家に連れて帰る必要があり、またお通夜に多くの弔問客が来るだろうことは分かっていたので、私は自宅に1人で残り、留守番がてら居間の片付けをする事になった。
しばらく夢中になって片付けていると、どこかから『コトン』と何かが落ちる音がした。
すごく澄んだ、綺麗な音だった。
そしてまたしばらく物を片付けていると、突然祖父の妹(祖母の義妹)から電話が掛かってきた。
「お義姉さんの調子はどう?」と。
彼女にはまだ何も伝えていないにもかかわらず。
高齢の彼女に本当の事を言っていいのか考えあぐねて、結局その時は何とか誤魔化して電話を切った。

そしてしばらくして、祖母は冷たくなった姿で帰ってきた。
少しだけ笑みをたたえた、安らかな顔をしていた。

その後、祖母が家に帰ってきてから、亡くなった時間を聞いた。
それはちょうど、何かが『コトン』と落ちた、あの時だった。
そして、看取りに間に合わなかった家族が病院に着いた時間も聞いた。
するとそれは、祖父の妹が電話してきた時だったのだ。
祖母は留守番をしていた私にも、その時の状況をちゃんと教えてくれていた。

祖母は本当に自宅が大好きな人だった。
冬に雪が降った時は、門から玄関まで雪かきをするのは祖母の仕事だった。
朝早く出勤する母の為に毎朝美味しいお茶を淹れ、私が高校生の時は、通学用のローファーを毎朝綺麗に磨いてくれた。
本当に献身的に家の事をしてくれていた。
そうした細やかな気遣いに、どれだけ家族が救われていたか分からない。
お通夜とお葬式が無事に終わり、それから四十九日までの間、家の中に祖母のいる気配がありありと感じられた。
そんな祖母の気配を感じると、怖いどころか嬉しかったのを覚えている。

お葬式から2週間ほど経ったある日のこと。
その日は私の誕生日だった。
大学から帰ってきた私に、母がそっと何かを手渡してきた。
それは、布の袋に入った金のネックレスと、紙に包まれたお金だった。

母によると、その日の昼間、いつもの様に祖母の遺品整理をしていた時。
ふと、何かに導かれるように、とある箪笥の引き出しを開けたそうだ。
そこは前にも開けたことがあり、中身を全て把握していたはずなのに、そこに今まで無かった筈のネックレスとお金が入っていたのだという。
「これは、お祖母ちゃんから貴女への、お誕生日プレゼントかもしれないね。お祖母ちゃんは貴女のこと、本当に可愛がってくれていたもの。」
母の優しい声に、涙が止まらなくなった。

今でも、この出来事を思い出すと泣いてしまう。
就職して立派な姿を見せてあげたかった。
初任給で何か買ってあげたかった。
いつもの、少女の様な可愛らしい笑顔で、目に少し涙を浮かべて、喜んでくれる姿を見たかった。
何年経った今でも、後悔は尽きないままだ。

私も今は大学を卒業して、都会で働いている。
実家に帰る時は必ず、祖母の遺影と、祖母が亡くなって9ヶ月後に後を追う様に亡くなった祖父の遺影に、「ただいま」と挨拶をし、仏壇にお線香をあげる様にしている。
今でも、2人の遺影を見る度に、涙が出そうになってしまうけれど。
祖父母からは沢山の愛情を貰ったし、それが今でも心の支えになっている。
仕事で辛い思いをしたり、体調が悪かったりすると、2人はいつも夢に出てきてくれた。
それがどれだけ嬉しく、励まされたことか。

お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、本当にありがとう。
2人に誇りに思ってもらえる様に、これからも頑張るね。



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