「オレは今生きている…のか?」二十年以上前の日記帳

恐怖 0件

段ボール箱から出てきた、懐かしい登山用リュック。
その中には一冊のノートが入っていた。
わくわくしながら読み進めたところ、
途中、「変な記述」があることに気づく…



場所は関東;時代は1990年代なかごろ
(その「こと」に気づいた時点)

オレは日記をつけている。
日記とメモと登山記録(ログ)を一緒に。
コクヨのレベルブックやスケッチブックを使っている。
大学に入って新生活!ということで始めたのだと記憶している。
1日分の書き込み量の長短はあるし、1週間分まとめて書いている部分もたくさんある。

ある日、家で、使わないものを入れている段ボール箱を整理していると昔使っていたリュックが出てきた。
上に登山用でない衣類が入っていたので気がつかなかったのだ。
学生のころ買った懐かしいリュックだった。
あるローカルの登山用具会社のオリジナルリュックだ。
こんなところにあったのか!捨てたと思っていたのに。

とりあげてみると中に一冊ノートが入っていた。
日記用のスケッチブックだ。
最初の数ページを読んでみると1985年の日記の一つだった。
丁度その時期のものが欠けていて、紛失してしまったのだと思っていた。
うれしくなってページをめくった。
表紙は濡れたらしくぼこぼこになっていてページは泥がついてまとまって貼り付いてしまっていた。
それを丁寧に剥がしながら読みすすめた。

懐かしさにひたりながら読んでいるとノートの中ごろのページに変な記述があった。
それは、関西のある山での登山記録だった。
装備リストや日程表、交通プラン、詳しい時間記録、場所の記録、などが書き込んであった。
それに国土地理院の昔の2万5千分の1の地形図の一部を切り取ったものもページに挟まって泥でこびりついていた。
それにはルートの書き込みや時刻の書き込みもあった。

そして、いきなり遺書が書いてあった。自分の。
自分の両親、兄、友人や恩師に当てた遺書がそのノートには鉛筆で書き込んであった。
「おかあさん、すみません・・・」
「兄貴、おやじをよろしくな。体調がわるいようだが・・・」
「XXさん、好きでした。山は気をつけてね・・・」
「ZZ(利発な友人の名前)、そちらにいくから・・・」
などなど。
そして、くどくどと泣き言が書いてあった。
「あの地点で道を外れた・・・」
「2回もコースを間違えてしまった・・・」
「あそこから引き返せばよかったのだ・・・」
「ここから戻ることが出来たら、もう登山はやめる・・・」
「寒い、ガスで周りがよく見渡せない・・・」
「無線機などもって来ることを考えなかったが、いまでは・・・」
(オレはアマチュア無線をやっていた)
などなど
そして、それよりあとのページは空白。
ずっと空白。
遺書の部分のページには泥と植物の葉っぱの破片がこびりついていた。

こんな自分の遺書には、ぜんぜん覚えがない。
書いたこともない。
その山に登った記憶もない。
とうぜん遭難したこともない。
しかし、文字は自分のものだ。
その頃の字はちょっと角ばっているのですぐにわかった。
同じ頃書いた文章と比べても自分の文字だった。

あれから二十年以上もたったが、オレは生きているんだろうな?



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